コラム

組織風土改革:“全員”は変わらないと諦める勇気
~企業の根源的な競争力を磨くには

1.はじめに

「自ら主体的に動いていく組織を作りたい」
「もっと新規事業提案がどんどん出てくるような組織にしたい」
「今の組織風土では若手がなかなか定着してくれない」

組織風土に関する悩みは尽きないものです。もっと良くなるにはどうすればいいのか?どんな人材が必要で、どのように育成すればいいのか?そもそもどんな組織であれば競争力が高まるのか?皆さんも色々と考えるところがあると思います。

今回は改めてこの大きな問いである「組織風土改革」について考えていきます。組織風土改革といっても現実には大きな抵抗・衝突が発生するもので、多くの人は「現状維持」を選ぶというのも事実です。実際にどのように実現していくのか、考え方を整理していきましょう。

2.「組織」の要素を分解してみよう ~マッキンゼーの7Sと改革の梃子

組織を変えようとするとき、まず何を考えるべきだと思いますか?組織の形態や人員構成でしょうか。

いえ、まず最初に考えるべきは、なぜそもそも組織風土を変えようとしているのか、その目的であり、目標です。私たちはつい目的と手段を取り違えてしまうもので、組織風土を変えることそのものが目的にならないように注意しなければなりません。

では、目的がはっきりしているとして、組織風土を変えていくときにどのようなアプローチがあるのでしょうか。

例えばマッキンゼーは組織コンサルティングを行う際、「7S」というフレームワークをよく使います。これは1970年代に開発されたもので、組織という漠然としたものを「S」から始まる7つの要素に分解しています。

  • Shared Value(ミッション、企業の共通価値)
  • Staff(人員、陣容)
  • Skill(社員のスキル)
  • Style(社風、業務スタイル)
  • Srategy(戦略)
  • Structure(組織)
  • System(業務システム、報告システムなど)

組織風土はこの7つ全体に関係し、それぞれが有機的に繋がる中で醸成されるものですが、いわゆるソフトの4Sといわれる「ミッション」「人員、陣容」「社員のスキル」「社風」といったものはすぐに変えることはなかなか難しいものです。ただ、長期的に見ればそれこそが企業の組織力であり、競争優位を作るものになっていくでしょう。そこで、比較的変えやすいハードの3S、つまり「戦略」「組織」「システム」を梃子に、それを変えながらソフト面に影響させていくのが王道です。

よくあるのは、環境が変わっていく中でこの7つの要素に一貫性がなくなってきて、価値を生み出しにくくなくなっているケースです。戦略が変わっているのに最適な組織になっていいなかったり、業績評価や採用の仕組みがズレていたり、あるいは必要なスキルが整理されていないこともあるでしょう。そもそものマインドセット自体が古いということもあるかもしれません。

まずは一口に「組織」といっても、色々な要素が絡み合っており、分けて考えることが重要であること、今の自社においてはどこにネックがあるのかを分析するところから始めてみましょう。その意味でも、組織に対する解像度を上げていくことが重要です。

3.事業戦略の結果としての組織風土

上記でマッキンゼーの7Sを紹介しましたが、ある環境の中で企業ミッションを達成しようとするとき、その方法論になるのが戦略(Strategy)ということになります。それは当然状況によって変わるわけで、戦略も不変ということはありえません。戦略の変化に従って、組織も変化を余儀なくされていきます。

ところで、会社も社会に存在する一部分ですから、自分が成長・変化していくこと自体も環境変化となっていきます。つまり、外部環境だけではなく、「自社の成長そのもの」も組織にとっては大きな影響をもつもので、それに応じて組織を変えていく必要があります。この点について、いくつか枠組みを紹介してみましょう。

①グレイナーの5段階成長モデル

例えば、グレイナーの「5段階企業成長モデル」という考え方があります。これはラリー・E・グレイナーが1979年にハーバードビジネスレビューに発表したもので、企業の成長段階によって求められる仕組みというものは異なるというものです。具体的にどういった成長段階を辿るか以下にまとめてみます(昔から企業は変わらないものだと驚くかもしれません)。

グレイナーの5段階成長モデル
第1段階 創造性による成長
  • 創業者のカリスマ性・リーダーシップで成長する段階
  • ただし、規模が大きくなると創業者一人では管理しきれなくなって成長が止まる(創業者はえてして管理が苦手である)
  • この段階では例えば大企業OBなどを採用し、組織やルールを整備してもらうことで「組織」での成長に切り換えていく必要がある
第2段階 指揮による成長
  • 組織が機能別に分かれ、ルールが整い、再度成長路線に乗る。まだトップダウンであり、上意下達の状態
  • 創業者やトップと現場の距離が次第に遠くなり、現場とズレが生じるようになる。また、専門分化・機能分化していくために経営者が単純なカリスマ性だけで正確な判断ができなくなってくる
  • この段階で、専門性ある各組織に権限委譲していくことが必要になる
第3段階 移譲による成長
  • うまく権限移譲が出来、現場も自発的に動けるようになると再度成長路線に乗る
  • ただし、分権化が進んでくると、各組織で「個別最適化」が進み、全体として非効率になっていく(「○○支社は治外法権だ」など)
  • この段階で、初めて本部機能を持たせて横ぐしを刺して調整することが必要になる
第4段階 調整による成長
  • 上手く本部が機能し、全体最適を実現できると再度成長路線に乗る
  • ただし、次第に本部が肥大化し、官僚的・保守的になって間接費用だけが増大していく
  • この段階での処方箋はまだ論文の段階で明確にされていないが、「チームによる協働」が示唆されている。強い個人が集まって、プロジェクトごとにチームとして動くことで柔軟に対応できることになるかもしれない
第5段階 協働による成長

面白いことに、どの段階でどういう問題が起こり、どういう処方箋を与えるべきか、そしてその処方箋を与えると、結果的にどういう問題が起こるのか、典型的なパターンは分かっているということです。常に権限移譲が良いわけではなく、いきなり本部を導入して良いわけでもありません。求められる組織や風土は企業の段階によって異なるのです。

②BCGダイヤモンドに見られるイノベーター/オペレーター

もう一つ、企業の段階による組織の変化という意味ではボストンコンサルティングが開発したBCGダイヤモンドという考え方があります。

これはいわゆる製品ライフサイクルに合わせて経営戦略を考えるものですが、事業には

  • 創造期
  • 成長期
  • 優位性確立期
  • 効率性追求期
があると言っています。


大切なことは、それぞれの段階で求められる組織のコアなスキルが変わっていくことで、創造期ではイノベーターが求められますが、次第に成長期に入っていくにつれてオペレーションが得意な人々が求められるようになります。ゼロからイチを作る人が必ずしも事業をスケールアップさせることが得意なわけではなく、組織やオペレーションを上手く構築できるわけではありません。

代表的な例で言えば、アップルは当初スティーブ・ジョブズがCEOをしていましたが、拡大期において追い出されてしまいます。その後アップルは成長しますが、停滞感が出てきて新しいイノベーションを必要とするタイミングで、再度スティーブ・ジョブズを呼び戻すことになります(そしてiPodやiPhoneが登場しました)。

このように、今の段階でどのような人材やスキルが求められているのか、こちらも組織風土に大きく関係しているということ、そして多くの会社はその「移行」が上手くいかずに成長できず、そして衰退していくということを知っておかねばなりません。

③組織だけ変えても成果は望めない

これまでの話を逆の観点で見ると、組織だけを変えて成功することはあまりないということです。皆さんも、部長が変わるたびに組織が変わり、そして「何も変わらなかった」という経験をよくしているのではないでしょうか。

なぜ組織だけを変えても成果がでないのでしょうか。

それは多くの場合、「今のやり方」そのものが現状の事業に最適化してしまっているからです。結局長年の経験則の下に最適なやり方が構築されており、現場からすればそれを変更するインセンティブがなく、各人の行動様式を変えることにつながりません。結果として、枠組みだけ変わっても中で働く社員の行動様式が変わらないので何も起こらないことになります。

要するに、組織風土を変えて社員の行動様式を変えようとするのであれば、事業戦略そのものを変え、ビジネスの構造が変わったことを理解させなければいけないということです。テクノロジーの変化なので外部環境が変わったり企業そのものの成長段階が変わっていけば、必要なスキルも変わり、採用方針も変わります。業績評価の体系も変わらざるを得ず、報酬の配分にも影響するかもしれません。そうなって初めて「成果が出る組織にするにはどうすればよいのか」という話になるのであって、事業戦略のない組織戦略というのは(通常)ありえない、ということになります。

私たちは通常、現状維持を好むもの。表面的に組織の構造を変えるだけで成果を期待するのは、やや単純に過ぎるというものです。

4.仲間づくりと諦める勇気/諦めてもらうプロセス

もう一つ、具体的に組織風土改革を行う上で押さえるべきは、「社員全員がいきなり変化するわけではない」ということです。

イノベーター理論という、新しい商品やサービスが市場に普及していく流れを分析した理論がありますが、これは組織にも当てはまります。組織の人々は「イノベーター(革新者)」、「アーリーアダプター(初期採用者)」、「アーリーマジョリティ(前期追随者)」、「レイトマジョリティ(後期追随者)」、「ラガード(遅滞者)」という5種類のグループに分けられ、それぞれ行動特性が異なります。iPhoneが出ればすぐに買って使い方を試す人もいれば(イノベーター)、まだFAXで十分、何も困らないという人もいるでしょう(ラガード)。ラガードの人にいくらiPhoneが良いと言ったところで、行動様式が変わるわけではありません。

これらの割合は以下のようになります。

  • イノベーター :2.5%
  • アーリーアダプター :13.5%
  • アーリーマジョリティ :34%
  • レイトマジョリティ :34%
  • ラガード :16%

ある意味でイノベーターとアーリーアダプターまで、要するに全体の16%は放っておいても新商品は買ってくれるし、組織の変革にも前向きについてきてくれるものなのです。問題は34%のアーリーマジョリティの人々を動かせるかどうか、これらの人たちは「追随者」と呼ばれるように風向きによって意向を変化させるもので、ここをいかに取り込むかが組織変革の革新になるでしょう。少なくともなかなか動かない「レイトマジョリティ」と梃子でも動かない「ラガード」で全体の50%だと考えれば、いかにこの「アーリーマジョリティ」(の帰趨)が重要か(が)分かるはずです。この層の中に風土改革に賛成してくれる仲間を少しずつ作っていくことでドミノ倒し的に全体の雰囲気が変わっていきます。

このアーリーマジョリティ手前の「16%の壁」をマーケティングで「キャズム」といいます。この16%の壁を超えられなければ変革の試みは全体に広がらずに消えていくことになるでしょう。

この議論が示唆するところは、組織変革において「全員は変わらない」という「諦める勇気」を持つ必要があること、と同時に、一部の人たちには変革に抵抗しても無駄だと「諦めてもらうプロセス」が存在するということです。梃子でも動かない人たち全員を説得している時間もリソースも現実の経営ではありません。決まったこと、正しいと考える方向性について、そこは実績で示していくしかないのです。

5.おわりに

今回は組織風土改革という大きな、また漠然としたテーマをかみ砕いて考えてきました。

組織の風土改革そのものが目的にはならないこと、組織の要素を分解して見ていくこと、企業の置かれている段階において必要な組織風土は異なること、またその組織の中でも様々なグループが存在し、一律に組織を変えていくことは難しいことなど、改めて整理できるとよいと思います。

組織風土を変えることの大きな目的は企業が成長し、社会的な機能をより良く果たし、そして社員が幸せになることです。その過程で去る人もいれば、参加してくる人もいるでしょう。大きな視点で組織のあり方を考えていきたいものです。

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