人事管理
目的と具体的な業務、効果的な実践法
1.人事管理とは?その目的
人事管理とは、企業活動において重要な経営資源である「人材」の能力を最大限に引き出すための活動を指します。対象範囲は人材の採用から退職までの人事業務全般です。
2.人事管理と労務管理
人事管理と類似する業務内容として労務管理があります。
人事管理とは、経営資源である人材そのものを対象とした業務であり、適切な労働力の確保と適材適所の配置や育成を目指します。従って、対象は個々に焦点を当てることになり、基準は会社個々で異なります。
一方、労務管理とは従業員にとって働きやすい組織環境を整備する業務を指します。具体的には経営者と労働者の利害対立調整を目的とした「労使関係管理」が中心で、働く環境を整えることが対象になり、労働基準法の遵守が主な業務範囲になります。従って、労務管理の基準は国の法規制が基準になります。
労務管理については最新の厚生労働省のホームページをご参照ください。
3.人事管理の業務内容
それでは、人事管理の業務について以下8項目に分け詳しく解説していきます。人事管理の業務範囲は採用されてから退職までになり、言い換えると企業に入社し退職するまで従業員がどのような体験を経ていくかという視点で考えると認識しやすいのではないでしょうか。
- 採用
- 人材育成
- 人事評価
- 人材配置(異動、昇進昇格、降職降格、FA)
- 処遇
- 退職(自己都合、早期退職、退職勧奨)
- 定年制度、再雇用制度
- モチベーション管理(パルスサーベイ)
採用
人材確保の起点になる業務であり、人事管理を考えるうえで重要な業務です。こちらのグラフをご覧ください。こちらは日本の人口の推移を表したグラフであり、日本の労働力人口は急激に減少していくことが予想されています。
出典:厚生労働省 日本の人口の推移
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/dl/07.pdf
生産年齢人口が急激に減少していることをうけ、DX推進や外国籍人材が活躍できる環境づくりに注力している企業も多いのではないでしょうか。
くわえて、人材確保が困難になっているということは、いますでに働いている従業員のパフォーマンスを高め、長く働きたいと思える会社づくりも人事管理における大きな役割といえます。
人材育成
従業員がパフォーマンスを高めるためには、人材育成は欠かせません。
人材育成とは、従業員が企業活動に必要な能力を獲得・強化できるようにするために機会を提供することであり、大きくOJT/Off-JT/自己啓発の3つの教育手法に分けられます。
OJT
OJTとはOn the Job Trainingを略した呼称です。職場内訓練とも呼ばれ、主に先輩社員が新入社員の指導担当者として、実際の業務を行いながら仕事を教えていく教育手法です。
メリットは被教育者の熟達度合いにあわせ教育を提供することが可能な点です。一方デメリットは、教育担当者の教える力量により教育の質に差が生まれてしまう懸念があります。この教育の差を埋めるために、どの能力をいつまでに身につけるのか、身につけたかどうかをどう客観的に評価するのかをあらかじめ決めておくことが重要です。
Off-JT
OJTの反対としてOff-JTがあります。
Off-JT とはOff the Job Trainingの略称です。日本語に直訳すれば職場外訓練と呼ばれ、実際の業務とは離れた場所で行う教育を意味します。
代表的なものは講義や集合研修、e-ラーニングなどが挙げられます。
Off-JTのメリットは職場で体験できない学習内容を一同に学習させることができる点にあります。一方、デメリットは人によって教育を受けられる頻度に差が生じてしまうことがあります。
例えば、入社して新入社員研修、2,3年目研修を受けたけれども、管理職に昇格しなかったので、以降研修を受ける機会がない企業もあります。どのような年次でどのような研修を受け、どのような人材を育成していくか一貫した教育体系の構築が必要です。
自己啓発
自己啓発はSelf Developmentと呼ばれます。OJTにもOff-JTにも含まれない教育であり、会社から強制されないものです。
例えば英語学習やビジネススキル全般のe-ラーニングコンテンツなどがあります。
自己啓発支援制度などを設け、特定のカリキュラムを受講する権限を従業員に与えながら、受講するか否かは従業員に委ねるという進め方が一般的です。
メリットは従業員が自ら進んで受講したい学習内容が学べることです。一方、デメリットは受講するかどうかは従業員に任せられているため、受講姿勢に偏りが生まれます。受講の偏りをなくすために、人事評価の加点に紐づけて取り組み姿勢を評価する仕組みを組み込んでおくことも有用です。
人事評価
ここからは人事評価について解説します。人事評価の目的は「査定」と「人材育成」の2つです。一般的に人事評価には査定のイメージが先行しがちですが、人材育成につながらなければ、従業員のパフォーマンスは向上しません。 人事評価の3つの要素、評価項目/評価手法/評価の適応範囲について説明しましょう。
評価項目
まずは、何を評価するのかという観点です。代表的な評価項目は4つになります。
- 業績
- 情意
- 能力
- 行動特性(コンピテンシー)
業績
業績評価とは、売上目標の達成率や前年同期比、新商品化率、採用人数など定量的に判断ができる指標です。客観的で明確な判定ができる反面、業績評価のみが重んじられると、「成果さえ出せば良い」という企業風土に繋がりやすいので、注意が必要です。
情意
仕事に対する取り組み姿勢や心構えを表す指標です。立ち居振る舞いが評価対象としているため、職場の規律性やモラル向上が期待できる反面、評価が主観的になりがちな評価項目なので注意が必要です。
例えば、上司である評価者が仕事は時間をかけて取り組みものだ、という価値観を持っていたとすると、その部下も残業時間が長くなることで『あの部下はたくさん残業して頑張っている』という評価がつきがちです。残業時間と仕事の成果に相関がなければ、そのような評価がされるべきではありませんので、仕事の成果に関連する項目を設定することが重要です。
能力
業績を上げるために必要な能力の保有状態を把握するものです。極端な例ですが、自転車に乗ることができればその後も継続して自転車に乗ることができます。一度獲得した能力は手放すことや下がることがない、という前提で考えられています。注意すべき点は、能力は過去から現在に比べて、下がりづらくマイナス評価が困難な特性を持っているという点を考慮しておくことが必要です。
行動特性(コンピテンシー)
行動特性(コンピテンシー)とは、優れた業績や成果を生み出す個人の行動特性を分析して体系化したものです。
例えば、成果を出す営業パーソンは、新規のお客様と商談した後1時間以内にお客様に面談のお礼に関するメールを送信するという行動特性が存在していたとすると、その行動特性が発揮できたかどうかということが評価の対象です。
従いまして、行動特性(コンピテンシー)が発揮できたかどうかが評価の対象となります。
コンピテンシーは幅広い業種業界で成果を出すビジネスパーソンを一般化されたものも効果的ですが、業種業界が異なれば求められる行動特性は異なります。そのため、皆様の会社独自の行動特性(コンピテンシー)を分析することをお勧めします。
評価手法
次に、評価方法は下記2つです。
- 絶対評価
- 相対評価
絶対評価とは、定められた基準により個人を評価する方法です。
相対評価とは、集団内の他者と比較し、相対的に序列をつけて評価する方法です。
絶対評価のみで評価できれば、納得感が損なわれることはないのですが、分配可能な報酬の上限は決められているので、相対評価を用いなければならないのが現状です。その際に大切なことは、どのような評価過程を経て最終評価に至ったのかを評価者が丁寧に説明することが重要です。
また、評価者による評価が甘い、辛いというズレが出てきます。前の上司は高い評価を受けていたが、上司が変わって評価が厳しくなったというものです。これは部門間でも起こり得ます。この評価者ごとの評価のズレを補正するために、評価者のトレーニングをすることが必要です。
評価の適応範囲
人事評価が行われたあとで、その評価をどのように処遇に反映させるかという点です。主な対象は賞与査定と昇給査定に分かれます。賞与査定は短期的な影響範囲で、昇給査定は長期的なベースアップに影響します。
人材配置(異動、昇進昇格、降職降格、FA)
人材配置は雇用されてから退職まで数十年間関係するものであり、従業員間の不公平感を起こさないために、一定の明確な基準を設けることが大切です。
異動
従業員個々の強みが発揮できる業務に従事させることが主な目的です。そのほかには意図的な能力開発を目的として、タフアサインメントをすることもあります。くわえて、社外の関係会社との行き過ぎた関係を防止するために、数年以内に異動させるルールを取り入れている企業もあります。
昇進昇格、降職降格
役職が変化することで、毎月の給与が変動する要因になるため、明確な基準を設けることが必要です。昇進昇格においては、どのような評価過程を経て決定されるのかがわかれば従業員自ら能力開発に努めることができます。
また、降職降格においては不利益を伴うことになりますので、どのような基準で降職降格が決定されるのかが明確になっていなければ、従業員は評価する上司の顔色を伺いながら仕事をするような文化になってしまう恐れもあります。
FA
フリーエージェントです。重要なことは、どのようなポジションが募集しているのか誰でも閲覧できる状態にしておき、情報の透明性を確保しておくこと。加えて、情報のやり取りは決定するまで直属の上司は関与しないことが大切です。なぜならば上司は優秀な部下を抱え込んでおきたいと思いが働くと、そうすると他の部署に移籍してほしくないので、異動を止めようと圧力をかけてくることも想定されます。
そのため、上司は日頃から部下のキャリア志向や希望を面談で聞き出しておくことが重要になります。
処遇
処遇とは役職、報酬、賃金などの待遇を一定の基準で評価し、その取り扱いを決めることの総称です。
退職(自己都合、早期退職、退職勧奨)
ご縁があって会社に採用・雇用されたものの、様々な理由で退職することが想定されます。その際に雇用する側、される側の立場の違いで双方に不利益が出ないよう、あらかじめルールとして退職の種類によって明文化しておくことが重要です。
自己都合
退職とは、労働者からの申し出によって労働契約を終了することを退職といいます。
会社を退職することは労働者の自由ですが、予告もせず、いきなり会社に行かなくなるというようなことはルール違反です。退職の意思を上司に伝え、書面で届け出る、仕事の引き継ぎをするなど社会的ルールを守って辞めることが大切です。一般的に就業規則などに「退職する場合は退職予定日の1ヶ月前までに申し出ること」というように定めている会社も多いのが現状です。
また、退職の申し出にあたっては、契約期間の定めがある労働契約を結んでいた場合と、そうでない場合とで法律上異なったルールが定められています。
正社員など、あらかじめ契約期間が定められていないときは、労働者は少なくとも2週間前までに退職届を提出するなど退職の申し出をすれば、法律上はいつでも辞めることができます。
一方、アルバイトのように、3か月間などあらかじめ契約期間の定めがあるとき(有期労働契約)は、契約期間の満了とともに労働契約が終了します。使用者が労働者に継続して働いてもらう場合は、新たに労働者の同意を得て、労働契約を締結する必要があります。
早期退職
早期退職とは、近年組織の若返りや人件費の抑制を目的として活用されている制度です。早期退職制度と似た制度として希望退職制度があります。早期退職制度は従業員が自主的に退職できる制度であり、一般的に期間は設けません。それに対して、希望退職制度は経営状態が悪化いた際の人件費抑制施策として期間を限定して実施される点が大きな違いです。
早期退職する従業員側のメリットは次のキャリアの選択肢の可能性が広がるという点です。転職や独立、開業など理想とする人生を歩むために早期退職を選択する従業員も増えています。
退職勧奨
解雇と間違いやすいものに退職勧奨があります。退職勧奨とは、会社が労働者に対し「辞めてほしい」「辞めてくれないか」などと言って、退職を勧めることをいいます。これは、労働者の意思とは関係なく会社が一方的に契約の解除を通告する解雇予告とは異なります。
退職勧奨に応じるかは労働者の自由であり、その場ですぐ答える必要もありませんし、辞める意思がない場合は、応じないことを明確に伝えることが大切です。
退職勧奨の場合は応じてしまうと、解雇と違って合理的な理由がなくても有効となってしまいます。多数回、長期にわたる退職勧奨が、違法な権利侵害に当たるとされた裁判例もあるので、執拗に退職を勧められたりして対応に困った場合には、労働組合や全国の総合労働相談コーナーに相談しましょう。
なお、退職勧奨に応じて退職した場合には、自己都合による退職とはなりません。
定年制度、再雇用制度
企業には高年齢者雇用安定法という法律により、定年後も従業員の希望があれば65歳まで雇用を継続することが義務づけられています。高年齢者の労働力はこれからの日本で欠かせないことから、今後も定年の年齢は延長されることが予想されます。
その際に再雇用制度などで、働く高年齢者のモチベーションをどのように維持し続けていくかが大切な視点です。
モチベーション管理(パルスサーベイ)
モチベーションの状態を管理することはとても重要ですが、定期的に取ることでさらに効果を発揮します。パルスサーベイとは脈拍(Pulse)のように短期的な調査を繰り返すことで、変化していく従業員の状態や変化をいち早く察知することができます。
4.労務管理の業務内容
ここまでは人事管理について解説してきましたが、労務管理についても触れましょう。
企業の労働に付随する関連業務全般を指し、主な業務範囲はこちらです。
- 社会保険・労働保険に関する手続き
- 雇用契約書の作成
- 就業規則の作成・改定
- 労使協定の作成
- 給与計算
- 勤怠管理
- 健康診断・福利厚生
- 安全衛生管理
- 職場環境・業務改善
労務管理は労働法などの法規制の影響を受けるため、常に最新の情報を入手することが重要です。最近(絵)は、物流業界の2024年問題と呼ばれる、トラックドライバーの安全に配慮した年間時間外労働の上限変更により働き方自体が大きく変化します。
このように法律に正しく適応できているかどうかという観点も労務管理を適切に行うために非常に大切です。
5.効果的な人事管理の実践方法
あらためて労務管理から人事管理に話を戻すと、人事管理の業務範囲や内容について解説してきましたが、具体的にどのように人事管理を実践していくべきか解説します。
人事管理システムを活用する
人事管理をするうえで何らかのデータベースファイルを用いられているものと思います。ただし、そのデータを効果的に活用できると、さらに良い人事管理が可能になります。様々な人事管理システムが普及しているので、自社の課題にあわせた人事管理ツールを導入することも効果的です。
人事管理のKPIを検証する
人事管理の業務範囲は採用から退職まで多岐に渡ります。人事管理全体を一つの業務としてKPIを管理する思考もこれからは重要になります。
例えば、自分の父がA社で働いていて、とてもモチベーション高く毎日生き生きと働いていて、それを見ていた子どもが自ら応募して採用されて、採用コストが抑えられ、会社の内情を知っている父から情報を得ているので、入社後のギャップが少なく離職する可能性が低くなっている。という事例を考えると人事管理で取り組んだこと全てがつながっているように見えるのではないでしょうか。
このように人事管理を俯瞰して捉えることも重要です。
6.まとめ
今回は人事管理について解説してきました。人事管理の目的は経営資源である「人材」の能力をいかに最大化していくことです。また現在、経済産業省が推進している「人的資本経営」にも密接につながります。これを機会に皆様の会社でどのような人事管理が行われているのか点検されてみてはいかがでしょうか。