STEP1 人材育成の基礎知識

第7回 キャリアデザインの意味や要素

キャリアデザインが求められる時代背景

企業の人事分門を対象とした「階層ごとに必要とされる強化すべき能力・スキル」という調査において、中堅社員から初級管理者に「部下育成スキル」「問題解決思考」「リーダーシップ」といったスキルが必要とされているほか、「キャリアビジョン」という項目がラインクインしている点はとても興味深いことです。

無論、後輩のメンターや部下の上司として育成業務を司る立場に変わっていく中で、ミドル社員から初級管理者自らが、自身の将来設計を明確に語ることが出来なければ指導そのものに説得力がない、ということがあるのは事実です。

また、企業の人事部がキャリアデザインを推奨するということ自体、年功序列と終身雇用に守られて社内キャリアパスだけで個人のキャリアが進んだ過去とは違い、社員にキャリアを自責的に描かせることで、「自己責任」「契約社会」といった欧米型ビジネススタイルの強化に向けた布石を打っているという捉え方もできます。

キャリアデザインの捉え方

そもそもキャリアデザインとは様々な捉え方がありますが、

広義

自分の人生や生き方の設計

狭義

仕事における成長のシナリオ

と大分されます。元々は無業者に向けての就職支援領域で語られることの多かったキャリアデザインですが、後の回でお話をする「ダイバーシティ(多様な人材を生かす働き方))」推進が大手企業を中心に行われる中、通常のビジネスパーソンにもその重要性が謳われるようになってきました。

まずはキャリアを「人生そのもの」という広義で捉え、そこで描く個人のライフイベントの流れの中で狭義な意味として「ビジネス上のキャリアパス」をどのように重ねていくのか。そしてそれに対して企業が福利厚生などでどう対応していくのかという議論を逆算して検討していくのが所謂「ダイバーシティ」です。

但し本稿では、個人のライフイベントを含めた大局的なキャリアデザインではなく、職業志向性・保有スキルや保有パーソナリティという点に論点をしぼり、キャリアデザインを見ていきたいと思います。

ホランドの6角形モデル

人が異なる職業を選択する要因や、業務に得手不得手を感じる要因は様々ありますが、それを個人の職業志向性の違いに着目してキャリアデザインを考えるのが構造的アプローチと言います。

キャリアに対する構造的アプローチでも特に有名な理論は、ホランドの6角形モデルです。個人は自分のパーソナリティ(職業志向性)と一致するような社会的環境で仕事をすることにより、安定や満足度や好業績を得られるということが教育博士であるホランドの提唱した理論骨子です。ホランドが研究を通じて設定したパーソナリティタイプは6つに分類されます。

タイプ好む活動形態性格的特徴
現実的物・道具・機械などに興味の対象がある。持続的・コツコツ・純粋
研究的物理的・生物的な理解促進の為に体系化研究を好む分析・几帳面・合理的
芸術的芸術的作品創造を目的とした活動を好む想像力・直感的・感受性
社会的経済利益を目的とした他社との交流や接触を好む責任感・社交的・親切
企業的経済利益を目的とした他社との交流や接触を好む冒険的・楽天的・社交的
慣習的ファ イリングや文章・データの整理などを好む用心深い・堅い・規則正しい

ホランドの6角形モデルで該当する上位3位の優先順位を見ながら自らの職業志向性を知ることによってキャリアパスや業務モチベーションに繋げていく足がかりを作っていきます。しかし、組織全体の育成戦略が「ゼネラリスト育成」なのか「スペシャリスト育成」なのかでこの扱いは大きく異なるのが実態です。

日本企業特有のゼネラリスト志向

日本の大企業ではまだまだゼネラリスト育成の傾向が強く、個人の職業志向性に関係なく、数年に一度はジョブローテーションを行いながら様々な部署で様々な経験を積ませて多能工を育てようとします。最近でこそスペシャリスト教育を加速化させ、品質や技術力の高さで勝負する企業も増えましたが、まだまだホランドモデルにあるような職業志向性の尊重をベースにしたキャリアデザインの捉え方や育成方針は重視されていないのが実態です。

とある研究機関の情報によると、2030年には企業の平均寿命が約25年に対し、そこで働く社員の職業寿命は再雇用制度などの取り組みも充実して70歳程度まで伸びると推測されています。つまり、職業寿命が50年に対して企業寿命がその半分しかないという現実に直面するということになります。それはつまり、多くの職業人が生涯において必ず1度は転職を余儀なくされるということにほかなりません。

その際、昔からの流れでゼネラリスト育成に力を入れている企業では、その企業で働く従業員の職能が薄められてしまうことでエンプロイアビリティ(雇われる能力・転職力)を高めきれないという課題に直面します。また、社内にスペシャリスト人材が育たずに競合に淘汰され、結果として企業寿命が短くなるという悪循環も想定できます。

先に述べたことを勘案しても、労働市場そのものの変化やそれに基づく組織の人材育成戦略が連動したものとして成り立ち、その上で個人の職業志向性を管理者や育成者がしっかりと見極め、的確に人材配置・人材教育するということが極めて重要であると言えます。

キャリアアンカー

職業志向性が静的キャリアデザインだとすれば「キャリアアンカー」は動的キャリアデザインだと言えます。例えば、自身のパーソナリティを重視して職業選択や部署に配属されたとしても、そこでの経験が自身にあらたな影響を及ぼし、「やりたい仕事だった」という元々の動機を大きく変容させるかもしれません。

産業組織心理学の研究者でもあるエドガー・シャインは、人がキャリア選択において絶対に放棄することのできない8つの要素を船の錨に例えて、「キャリア・アンカー」という概念を提唱しました。

キャリアアンカーの8つの要素

1:専用コンピタンス
特定の分野で自らの能力や技術を発揮して、成長していくことに喜びを感じる
2:経営管理コンピタンス
対人関係を中心に集団を統率する能力や権限を得、組織の期待に応えることに喜びを感じる
3:自律(自立)
仕事のペースを自分の裁量で自由に決定できることに喜びを感じる
4:安定
組織の要望は前向きに捉え、組織から終身雇用の保証が得られることに喜びを感じる
5:企業家的創造性
リスクを恐れず何かを築き上げ、自分の努力で何かを実現できることに喜びを感じる
6:社会への貢献
自身の活動の社会的意義が重要で、理想実現や主義主張の実現に向けての行動に喜びを感じる
7:チャレンジ
一見解決困難そうに思える問題解決に取り組むことや人と人との競争に喜びを感じる
8:全体との調和
個人や家族組織からの要望をバランスよく受け入れられることに喜びを感じる

組織内部でキャリアデザインを推進する場合、まず組織そのものが中期的にどのような人材育成を想定しているのかを明確にしておかなければなりません。それはつまり、組織の育成戦略が「ゼネラリスト型」か「スペシャリスト型」か、見極めるということに他なりません。

さらに厳密にいえば、社員も自らが働こうとする企業の選定段階で「スペシャリスト志向の企業」か「ゼネラリスト志向の企業」か、吟味しておくことが肝要です。併せて自らがどのような職業志向性を持った人間かを自己理解しておくことももちろん大切です。

但し、入社すると自らを取り巻く人間関係やその企業の育成方針他、予測もしない外部要因によってキャリアパスはその都度、様々に変異するのが実態(これをスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツは「計画された偶発性理論」という立派なキャリア論として提唱しています)です。

その際、自らの「キャリアアンカー」が何を基準に錨として根差しているのかを当事者だけが理解するのではなく、管理者や育成者も含めて理解促進しておく必要があります。それが理解されていればこそ、自社の育成戦略と個人のキャリア志向性・キャリアアンカーに基づいた一気通貫した実務指示やキャリア相談・配置転換などに繋げていくことが可能になると言えるでしょう。

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