第2回 HPIモデルをもとにした人材育成の全体像
前回、人材育成企画を考える上で最も重要なのは、『人材育成の全体像を捉え、上流から企画を精緻に検討していくこと』=HPI(Human Performance Improvement)モデルの重要性をお伝えしました。
第二回ではHPIモデルを元に人材育成の全体像を考えていきましょう。
※HPI (Human Performance Improvement)とは…
成果を高めるためにただ研修を行うという発想ではなく、成果の成り立ちを明確にし組織の資源を適切に組み合わせて、介入策を提案・実行し、ソリューション」に導いていくためのプロセス。それらプロセスを6ステップで構成したものが、HPIモデル。 ※第1回参照
本稿では法人営業力強化を考えている企業を題材に、HPIモデルの考え方を紹介していきます。
法人営業力強化と聞いて、「どんな研修がいいのか?」と研修会社に打診をするのは時期尚早です。HPIモデルに沿って、人材育成企画担当者としてすべきことを考えていきましょう。
①ビジネスの分析
HPIモデルでは、パフォーマンス(成果を生むための行動)に焦点をあてて検討を進めていきます。パフォーマンスは何によって規定されるのかというと、自社のビジネスによって規定されます。
従って、HPIモデルでは最初にビジネス/事業の分析から行います。
具体的に行うこととしては以下が挙げられます。
- 自社ビジネス/事業についてのあるべき姿を明確にする
- 自社ビジネス/事業についての現状を明確にする
- 自社ビジネス/事業のあるべき姿と現状のギャップを埋めるための戦略や方向性を明確にする。
A社の例を表で確認しておきましょう。
現状 | あるべき姿 | ギャップ | |
---|---|---|---|
売上 | 8億円 | 10億円 | 2億円 |
営業利益 | 5千万円 | 1億円 | 5千万円 |
戦略 | 大規模なソリューション営業による受注を目指す戦略 | ||
指標 | ソリューション営業の受注比率: 10% |
ソリューション営業の受注比率: 50% |
40% |
A社の例では、シンプルに自社ビジネス/事業の分析を売上、営業利益といった分かりやすい項目のみ示していますが、実際の場面ではより精緻に分析を行うことになります。
②パフォーマンスの分析
ビジネスの分析によって、事業の現状、あるべき姿が明確になれば、次にパフォーマンスの分析を行います。ここでは以下のことを行います。
- 戦略を遂行する上で鍵となる職務のパフォーマンスについてのあるべき姿を明確にする
- 戦略を遂行する上で鍵となる職務の現状を明確にする
パフォーマンスについてのあるべき姿、現状、ともに自社ビジネス/事業との論理関係に基づいて抽出することがポイントです。
A社のパフォーマンスの分析を図で見てみましょう。A社では、戦略を遂行する上で鍵となる職務は営業職とし、営業職のパフォーマンスの分析を行っています。
「ビジネス/事業のあるべき姿」として設定している売上/営業利益を実現するために営業職に求められる「あるべき姿としてのパフォーマンス」を定義します。ここでは、大型案件の提案や顧客の潜在ニーズの発掘等が該当します。
そして、「ビジネス/事業の現状」を生んでいる営業職の「現状のパフォーマンス」を分析します。A社の場合は、小型案件の提案や顧客の顕在ニーズへの対応に留まっていることが挙げられています。
ここで生まれたギャップが今後手を付けていくべきテーマとなります。
③原因の分析
パフォーマンスギャップが明確になれば、次はギャップを生んでいる要因を把握し、課題を設定する必要があります。原因分析を欠いたまま、何らかの施策を行ったとしても、多くの場合対処療法的で本質的な効果は生まれません。パフォーマンスギャップを生んでいる要因の主なものは、ATD(米国人材育成機構:Association for Talent Development)では以下を挙げています。
- 組織構造/プロセス
- リソース(資源、資金、人員など)
- 情報
- 知識/スキル
- 動機/モチベーション
- 健康/安全
A社の例で見てみましょう。A社のパフォーマンスギャップは、『ソリューション営業を営業担当者が実践できていない』でした。
ここで、「よし!ではソリューション営業スキルとマインドを高める研修を行う!」となっては木を見て森を見ずです。
なぜ、スキルが身についていないのか、なぜマインドが醸成されていないかを深掘りすることが施策の有効性を担保する重要な活動となります。
ソリューション営業への転換が進んでいないという問題を掘り下げて分析してみると、以下の5つがとして根本的な要因、課題となりそうです。
- 問題①
- 営業担当者がソリューション営業の進め方を知らない
- 問題②
- 上司がソリューション営業の進め方を知らない
- 問題③
- 上司がプレイングマネージャーで指導時間がとれていない
- 問題④
- 組織内でサポート体制が整っていない
- 問題⑤
- 評価(報酬)制度が戦略と適合していない
因みに、ディーンとレアルスキーの調査等、広範囲に渡る様々な研究結果から、パフォーマンスギャップの原因を深く掘り下げていくと、個人のスキルや知識が根本的要因となっていることは少数で、それ以外の要因が多数を占めることが明らかになっています。
「とりあえず研修!」というスタンスは空振りに終わることが多いことが研究によっても立証されています。
④インターベンションの選択
HPIモデルでは、介入施策のことを「インターベンション」と表現しています。介入施策(インターベンション)は多岐にわたり、設定した課題に応じて選択される必要があります。
問題が大きければ大きいほど、組織横断的な施策が必要になるでしょう。
A社の例で考えてみましょう。
- 営業担当者自身の問題
- 研修に代表される育成施策を検討すべきでしょう。ただし、ここのみで施策を考えても、他の課題が解消されていない為、効果は限定的となります。
- 上司に関する問題
- ソリューション営業のスキル自体は、研修に代表される育成施策が必要でしょう。加えて、役割や業務の見直しやタイムマネジメントスキルの強化等も併せて検討する必要があります。
- 組織/制度に関する問題
- ソリューション営業をサポートする提案チームを創設する等の組織改編や会社の戦略に沿った形に評価制度を見直すことも必要になるでしょう。
勿論、これらの問題全てを解決するのが人材育成企画担当者のミッションではないかもしれませんが、人材育成企画担当者として重要なのは、問題・課題の全体像を捉えた上で、自らの守備範囲である「育成」について、他の施策との整合性を鑑みて企画を立案することです。
併せて、守備範囲外の問題についての課題提起を行うことも重要なミッションなのです。忘れてはならないのは、人材育成企画担当者の仕事は研修をすることではなく、パフォーマンスを向上させることなのです。
⑤インターベンションの導入/実施
適切な介入施策が選択されれば、次は施策を実行に移します。実行局面で主にやるべきことを紹介します。
KGI/KPIの設定
KGI(Key Goal Indicator)とは、事業やビジネスに関するゴール指標のこと。施策が目指す状態を数値に置きかけて表現します。
KPI(Key Performance Indicator)とは、パフォーマンスを具体的に測定する指標のこと。具体的にはKPIは「量」「質」「時間」「コスト」「進捗率」などで表現します。A社の例で見てみましょう。
- KGI
- 売上10億、営業利益1億。ソリューション営業からの受注比率を50%に高める。
- KPI
- 一人当たりのソリューション営業提案件数1件/月。
施策推進
施策を推進するための各種業務を遂行していきます。
研修実施であれば、ベンター選定、プログラム策定、講師選定、受講者の調整、会場確保、事前案内、KPI測定等をスケジュールとリスクを鑑みながら遂行していきます。
現場接続
施策が現場で適切なパフォーマンスを生むために、現場との連携活動が必要となります。
研修実施であれば、現場へのヒアリング活動を行いより効果的なプログラム開発を行う、現場のマネージャーに対し説明会を行い研修内容やマネージャーへの支援依頼を行う、等です。
⑥成果の評価
施策を実施後には、効果測定を行い、施策を評価・検証します。
一般的には、短期的評価と中期的評価を行います。短期的評価では施策の満足度、理解度、短期的な行動変容等を測定します。中期的評価では、施策や行動変容の定着度や設定したKGI/KPIへの影響を測定します。
研修を実施した場合の評価としては、カークパトリックの4段階評価法を参考にするのもいいでしょう。
人材育成企画担当者の仕事の要諦
ここまで、『人材育成の全体像を捉え、上流から企画を精緻に検討していくこと』について、HPIモデルを元に紹介してきました。
人材育成企画担当者の仕事の要諦を別の枠組みで整理すると以下の2点となります。
①5W1Hで人材育成の企画を立案すること
- Why:何のために
- Who:誰を対象に
- What:何の能力を
- Where:どの範囲で
- When:いつから、いつまでに
- How:どのように向上させるか
②人材育成のPDCAを回すこと
- Plan:5W1Hで人材育成の企画を立案する。
- Do:育成施策を遂行する。
- Check:育成施策の効果を検証する。
- Action:改善活動を続けていく。
今回ご紹介したHPIモデルは、これらの人材育成企画担当者の仕事をより精緻に行うためのフレームワークともいえるでしょう。