第5回 人材育成手段の全体像
第4回の連載では、HPIモデルにおけるコンピテンシーモデルの活用について解説してきました。
本稿では、コンピテンシーモデルと照らし合わせた中で見出された、課題に対する育成手段について考察していきましょう。
育成手段にはどのようなものがある?
人材育成の企画担当者としては、育成対象者のパフォーマンスに問題があり、育成を行うとなった場合、すぐに集合研修という手段を思い浮かべるかもしれません。
しかし、育成手段は集合研修だけではありません。
一般的に、企業における育成手段としては、『人材育成の3大手法』として、以下の3つが挙げられます。
- OJT(On the Job Trainingの略/現場における教育、指導)
- Off-JT(Off the Job Trainingの略/業務外の教育)
- SD(Self Developmentの略/自己啓発)
※人材育成の基礎知識 STEP1「第1回 人材育成の3大手法」参照。
STEP1では概要を記しています。本稿では昨今のトレンド紹介も交え、詳細にお伝えしましょう。
横軸に育成の日常性、縦軸に習得する内容の形式知/暗黙知をおきます。
より、日常に近い領域にあるのが、OJTとなります。
反対に、非日常に近い領域にあるのが、Off-JTとなり、中間にSDがあります。
そして、形式知/暗黙知という縦軸を踏まえると大きく9つの育成手段があります。
順を追ってポイントを見ていきましょう。
OJT(On the Job Training)
【 ティーチング型指導 】
経験がある指導者(上司や先輩)が、経験の浅い被育成者(部下や後輩)に対し、具体的に教えるという行為を通して、育成を図ります。 正しいやり方や答えを指導者がもっているという前提の下での育成です。 山本五十六の名言に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ。」というものがありますが、ティーチング型指導とは、まさにこれです。 指導者に十分な知識やスキルがあることはもちろんですが、『人に教えるスキル』がないと、ティーチング型指導は機能しません。
【 コーチング型指導 】
指導者が被育成者との対話を通し、育成を行います。被育成者の内省を促すような指導者による質問と傾聴を通し、被育成者の気づきを促します。 被育成者自らの気づきによるものであるため、自発的な行動を促進する効果は強いと言えるでしょう。 また、自発的行動を繰り返すことで主体性が醸成、実践に意欲的になり能力習得が高まります。被育成者の中に答えがあるという前提の下での育成手段となります。 コーチング型指導を行うためには、指導者側に十分な知識やスキルがあることはもちろん、相手が解を見出すために我慢強く待つ、 適切なタイミングで的確なアドバイスを行うといった、『人を育むマインドとスキル』がないと、コーチング型指導は機能しません。
【 職場学習(ワークプレイスラーニング) 】
「働く現場における学習」のことです。各職場において、従業員が各種の機会や場面を通じて、「知識を共有、創造、概念化、統合」することを指します。 例えば、「工場内の毎朝の朝礼において、対話の時間を設け、過去に発生した事故についての省察を行う」、「営業会議において、事例を元に、対応方法を参加者で検討しあう」等が挙げられます。 職場学習は現場のマネージャーの工夫によってのみ行われているという企業も多いですが、人材育成の仕組みとして、支援を拡げていこうという動きが広がっています。
OJTを機能させるために人材育成企画担当者として必要なこと
OJTを現場任せにしておくと、人材育成は現場のマネージャー次第ということになります。
特にプレイングマネージャー中心の現場においては、育成は優先順位が下がりがちになり、OJTが「お前たち、自分で、適当にやっておけ」という『放置プレイ』になりかねません。
人材育成企画担当者としては、そうならないように、現場のマネージャーやOJT担当者に対しての教育や意識づけ、仕組みの構築を継続的に行っていくことが重要です。
自己啓発(Self Development)
【 通信教育、資格取得 等 】
就業時間外に本人の意思により、業務に直接・間接的に役立つ知識・教養やスキルを、通信教育や外部スクール、セミナー、或いはeラーニング等の手段を通して習得します。 これらの学習機会を後押しするための各種支援制度を設けている企業も少なくありません。 成長意欲が高い従業員の場合は自発的にこれらの機会を見出しますが、意欲が低い従業員に対しては、上長や組織から後押しすることが必要になります。
【 経験学習 】
プロフェッショナルとしての成長は、「実際の経験と、それを省察することによりもたらされる」という考え方です。 組織行動学者のデービッド・コルブはこうした学びを、「経験→省察→概念化→実践」という4段階の学習サイクルから成る『経験学習モデル理論』として提唱しています。 従来の自己啓発では、他者から学ぶという前提で考えられていましたが、『自らの経験から学ぶ』という考え方は、育成においても本質的なテーマです。 ただ、経験学習のサイクルを自己完結で回すことができる従業員は少なく、何かしらの支援や仕組みを検討せねばなりません。
【 越境学習 】
ビジネスパーソンが所属する組織の枠を自発的に“越境”し、自らの職場以外に学びの場を求めることを意味します(日本の人事部より)。 社内の上司・先輩や社内での経験からだけではなく、『社外の人や経験』から学びます。 例えば、社外のNPO団体に週末に参画する、地域のボランティア活動に参画する、会社横断の勉強会への参加等が挙げられます。 働き方改革の一環として、副業を容認する企業も出始めていますが、越境学習をうまく人材育成の仕組みに取り組むことは、人材育成の新たな可能性をもたらすことになるでしょう。
SDを機能させるために人材育成企画担当者として必要なこと
SDは、基本的には従業員本人の意思によるものです。従って、「成長したい、学習したい」という従業員の意思をいかに育むかが人材育成企画担当者として知恵の出しどころです。 制度として、自己啓発支援のメニューや受講料等の金銭的支援を行うことと併せ、いかに意識づけをするかの工夫が必要です。 そのための鍵になるのは、現場での上長と被育成者とのコミュニケーションにあります。このコミュニケーションをより良質なものにしていく仕掛けを考えておくことが重要になります。
Off-JT(Off the Job Training)
【 知識講義型研修 】
仕事を遂行するために必要な知識を、専門家による講義によって学習します。 コンプライアンスや法務関係、業界知識にまつわる研修などが知識講義型研修の代表的な研修です。講師が答えをもっており、受講生は正しい知識を効率的に得ることに重きを置きます。 講師の位置づけは専門家や解説者となります。 昨今は効率性・効果性を求め、基礎的知識は研修前に、テキスト・e-ラーニング・理解度チェックテストなど自己で行い、研修では理解できなかった点・不明点などの解消や、 応用的・発展的内容を講義する方法も採られています。
【 スキルトレーニング型研修 】
仕事を遂行する上で効果的なスキルを、専門家による講義とトレーニングによって学習します。 「プレゼンテーションスキル研修」「コーチングスキル研修」「ロジカルシンキング研修」など、知識を得るだけではなく、反復練習によってスキルを身につけるタイプの研修です。 講師の位置づけは、トレーナーという要素が強くなります。 知識講義型と同様に効率性・効果性を求め、主に講義部分となる基礎知識は研修前に自己学習・理解して臨み、研修ではトレーニング重視の方式がトレンドとなっています。 また、事後課題を設ける事で、確実な実践を促します。
【 気づき喚起型研修 】
仕事をする上でのマインドやスキルついて、受講生自らが気づきを得て、行動を変容させることを目的とした研修です。 リーダーシップのあり方を気づかせる「リーダーシップ研修」や、受講生のキャリアを明確にする「キャリア研修」など、『答えは受講生の中になる』タイプの研修です。 講師の位置づけは、受講生の奥底にある思いや考えを引き出すファシリテーターという要素が強くなります。 最近は、効果性を高めるために、本人が事前に内省・自己観照を行い、研修では気付きを与える演習中心で進める事も多くなっています。
Off-JTを機能させるために人材育成企画担当者として必要なこと
Off-JTを企画することは、人材育成企画担当者の大きな仕事の一つです。大事なのは、研修を企画する際に、「何を目的に、どこをゴールにするのか?」を明確にすることです。 また、一言で集合研修といっても、上述の通り研修の中身は大きく変わります。従って、講師に求められるものも大きく異なります。 「設定した目的、ゴールを達成するために相応しい研修カリキュラムになっているか、それを適切に届けられる講師か」、といった観点でOff-JTを企画することが重要です。
育成手段を検討するにあたって
ここまで見てきた通り、育成手段は多様です。そして、各育成手段は万能ではありません。それぞれメリットもあればデメリットもあります。
育成企画担当者としては、自社の育成課題を見極め、各育成手段のメリット・デメリットを踏まえた上で最適な育成を企画しなければなりません。
また、メリットを活かし、デメリットを最小化するためには、育成のPDCAサイクルを回すことに尽きます。
従来は、OJTは現場任せ・SDは本人任せ・Off-JTは育成担当が単発企画、という傾向でしたが、育成効果を高めるために、OJT・SD・Off-JTとの連動企画、
各々を実現可能にする環境整備、実行促進するツール提供までの育成グランドデザインが求められます。
その上で、内容をしっかりと検証し、改善していく、育成のPDCAサイクルを回しましょう。