第3回 マイクロラーニングの原理を用いた戦略的人事
3回目となる今回は「マイクロラーニング」というキーワードを取り上げてみたいと思います。
マイクロラーニングとは
人材育成に携わる方であれば、世界最大の人材開発に関する団体「ATD(Association for Talent Development)」のことはご存知だと思います。アメリカのバージニア州に本部を構える機関ですが、その代表を務めるトニービンガム氏が2017年の国際会議のプレゼンテーション(ATD2017 International Conference & Expo)において「マイクロラーニング」の必要性と実際の効果を唱えたことによって、このキーワードはあらためて注目されるようになりました。
そもそもマイクロラーニングとは、通常のe-ラーニングと比較して短い時間(マイクロ)でコンテンツを消化していく学習手法の総称です。手法そのものは2014年頃から既に提唱されていましたが、そこから年月を経て、大手企業を含めた多くの企業への導入が進みました。その実証的効果が見いだされるようになったことで、トレンドワードとして再び注目されているのです。
マイクロラーニングの特徴
- PCやタブレット、スマートホンなどのデバイスがあれば場所を問わずに学習可能
- 極めて短時間(長くても15分未満)にコンテンツ化されていて隙間時間でも学習が可能
- 場所を問わず短時間で手軽に受講できるため、継続性の促進に繋がる
このようにマイクロラーニングは、「短い時間で場所を問わず実施出来る」ことによって学習者の継続性を実現し、且つ、実際に学習効果を高められる学習手法として人材開発におけるトレンドワードになっているわけです。
マイクロラーニングの原理原則は何か
ではこのマイクロラーニングの原理原則は一体どのようなものでしょうか。脳科学の研究で有名な東京大学 池谷裕二教授は、前頭葉のガンマ波がヒトの集中力に関係していることを明らかにしました。そして、時間とともにガンマ波のパワーは下がる(集中力が落ちる)ため、短いスパンで休憩することによってガンマ波を回復させることが物事に取り組む上でとても重要であると述べています。また、実証実験においても、中学生を「60分学習グループ」と「15分×3学習グループ」に分けて英単語の学習をした結果、「15分×3学習グループ」が長期的な記憶を実現できたという成果も報告されています(朝日新聞デジタルより抜粋)。
他にも最近では、受験勉強の際、記憶力や集中力を高めるためのストップウォッチ学習法なるものもあります。10~15分でアラームがなるように設定し、時間が来たら、たとえ途中であっても一定の間隔で休息を入れます。それを繰り返すことで学習効果が飛躍的に向上するというものです。
池谷教授の研究とストップウォッチ学習法に共通していることは、集中するために短い時間に意識を向けることに他なりません。そのように捉えると、マイクロラーニングのエッセンスは、何も学習シーンだけで効果を発揮するわけではないように思います。
例えば物事に取り組む時、時間の長さは集中力を欠落させ、結果として多くの場合、生産性を下げてしまうことは誰もが感覚的に認識しています。
つまり、マイクロラーニングの原理原則を仕事という分野に特化して捉えるならば、時間を短く区切り(マイクロ化)ながら業務を行うことによって、職務遂行能力を瞬発的に加速させることができる能力、と置き換えられるのではないでしょうか。
マイクロラーニングの原理原則から導く人事戦略
マイクロラーニングの原理原則を人材育成に単純に紐付けてしまうと、学習時間をマイクロラーニングによって短時間化することで本来行うべき業務の取り組み時間を確保し、より生産性を高めるという発想になりがちです。しかし今回は、上述したように「ガンマ波のパワーが大きい初動段階で集中力が最大化される」という点に着目し、経営戦略から戦略的人事に紐付けてみましょう。
まず、第1回目の連載で定義した経営活動における様々な機能の中で、マイクロラーニングの原理原則が活かせる部分があるとすれば、真っ先に意思疎通機能が思い浮かびます。
「意思決定機能への転用」
意思疎通機能は組織の意思伝達であり、その手段が使われるのはオフィシャルな会議やミーティングが代表的な「場」となるでしょう。
例えば通常40分ほどかけて行っていた会議を「マイクロ化」し、15分で行おうとした場合、その会議に向けた事前準備はより集中して行われるはずです。また、15分で自分の付加価値をその場に提供しなければならないため、参加している会議での緊張感は高まり、発言の内容はより洗練されることになるでしょう。アジェンダはより明確に示され、議論はゴールに向けて有益か無益か、あるいは建設的か否かという観点でポジティブに議論されるでしょう。むろん、その会議の場を効果的に運用して参加するためには、傾聴スキルや論理的思考、プレゼンテーションスキルや「場」のマネジメント力の向上が問われることになります。そこはOFF-JTなど、本来の育成支援システムで補完していくことになります。
結果として会議の時間は圧縮されていますが、全ての参加者が集中してその場に集い、そして議論に関わるため、会議の成果としては40分のそれと大きな違いはそれほど出ないかもしれません。また、短縮された25分という貴重な時間は、個人の業務そのものをマイクロ化(短時間勤務)することも、組織としてより重要な他業務にも振り分けることが可能となります。
半面、短時間制約に不慣れだと「議論不足」「解の導出が性急になる」といった懸念は拭えません。 しかしまずはトライし続け、慣れた上で会議の質が向上した上での不足感があれば延長・追加すれば良いでしょう。不慣れ=議論不足=延長、が当たり前となればそもそもの目的から逸脱します。
「マーケティング機能への転用」
同様に、マーケティング機能についてもマイクロ化できないでしょうか。例えば顧客来店型のビジネスモデルにおいて、1顧客に対してひとりで1時間以上かけていた接客を、15分×4人の商談スキームに変更します。1人あたりの商談時間は15分。その15分の中で目指すべきゴールに集中します。
アプローチのフェーズ担当・ヒアリングのフェーズ担当・プレゼンテーションのフェーズ担当・クロージングのフェーズ担当などの分業で商談自体をマイクロ化すれば、商談に向けた個人の集中力が高まり、全体としてもより高い成果が生まれます。営業活動を大きなひと括りで見るのではなく、フェーズごとにスペシャリストを育成し、来店されたお客様に対して応対するというやり方は、店舗型の接客スタイルを持ったショップで実際に取り入れられている手法(受付・用件伺い係/ヒアリングシート記入係/提案係/受注登録係など)です。マイクロラーニングの原理原則から見ても、それぞれのフェーズの質をプロフェッショナル化したこの営業手法はとても理に適っているといえるでしょう。
このように、「マイクロラーニング」の原理原則に迫ると、時間を短くすることによって人が集中力を高めるのは、何も学習だけではないという仮説が立てられます。「短い時間で効率的に学ぶ」という表面的な事象だけを見ず、戦略的人事として短時間集中というマイクロラーニングの原理原則を実務の中にも取り込むこと。それによって組織の各機能が効率的に成果へと繋げられるように仕組み化することは十分可能ではないでしょうか。