第5回 ワークライフバランスとは?企業の取り組み例を紹介
5回目となる今回は皆さんも聞き慣れた「ワークライフバランス」というキーワードを取り上げてみたいと思います。
ワークライフバランスとは
平成19年12月、経済界や関係閣僚、地方公共団体の代表からなる会議において、「仕事と生活の調和」、所謂「ワークライフバランス憲章」が策定されました。
その憲章では「国民全体の仕事と生活の調和の実現が我が国社会を持続可能で確かなものにする上で不可欠であることから、国は国民運動を通じた気運の醸成、制度的枠組みの構築や環境整備などの促進・支援策に積極的に取り組む」というものです。
「ワークライフバランス」という言葉そのものは、もう10年以上にわたり使い古されてきているものですから、「トレンドワード」と言うには役不足かもしれません。ただ一方で、「働き方改革」に代表される時代の後押しも増え、ワークライフバランスを実現するための会社制度にも再び注目が集まるようになりました。
今回は、再び脚光を浴びつつある「ワークライフバランス」をキーワードに取り上げ、その原理原則に迫り、戦略人事への組み込みを検証してみたいと思います。
ワークライフバランス推進の目的
内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和推進室によると、正社員の労働時間は高止まりし、「家族との時間」や「地域で過ごす時間」を持つことが難しくなっていることに警鐘を鳴らしています。そのうえで、仕事と生活の調和の実現を通して「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の実現に国を挙げて取り組むことの必要性を訴えています。
また、厚生労働省による「仕事と生活の調和推進プロジェクト」では、ワークライフバランスの推進にあたり、家庭や地域生活でも充実した時間を持つことができれば、その充実感が仕事にも生かされる、と述べています。
今回注目したいのは、「仕事以外の社外活動」における充実感が仕事に生かされるという点です。充実感とは「心が満たされている状態」を指しますが、仕事以外の社外活動がもたらす恩恵は充実感(マインド)だけなのでしょうか。
ワークライフバランスの原理原則とは
2017年頃から、「新しい管理者像」が注目を浴びるようになりました。それは、自らが自身の生活を楽しみ、社外活動を充実させることによって、人脈や価値観の範囲も広く備わった管理者像です。社外活動によって手に入れた多面的なものの見方を前提にした柔軟な判断基準で部下と向き合える「新しい管理者」は、ミレニアム世代の部下からとても支持されているのだそうです。
因みにここでいう「社外活動」とはとても多岐にわたるもので、趣味は勿論のこと副業や地域活動(PTAやボランティアなど)のみならず、家庭そのものの時間を大切にすることや新たな公的資格取得に向けた勉強への投資など実に様々です。これらの営みは、紛れもなく「ワークライフバランス」が目指す理想的な取り組みと捉えることができます。
しかし現状のワークライフバランス推進は、これら社外活動を「後押しするための労働環境整備」がその大半です。
大手自動車メーカー ワークライフバランス推進の取り組み一例
- コアタイムなしフレックスタイム制
- 半休制度
- 在宅勤務(テレワーク)制度
- 労働時間モニタリング
- オフィス一斉消灯
- ノー残業DAY
その場合、高止まりを続ける長時間労働という足枷は企業努力で解消されたとしても、その先(社外)に何を求めるのかという点においては従業員自身で能動的に拾いに行かなくてはなりません。家庭への参入・地域活動への参加・自己啓発のための勉強など選択肢は様々ありますが、その選択及び行動は完全に労働者任せとなります。「ワークライフバランス」の目的は決して残業時間を短くすることや、働く場所を会社に固定しないという実務的なものだけではないはずです。
そのことを踏まえて「ワークライフバランス」の原理原則を捉えるならば、厚生労働省が提唱するような社外活動にかかわる機会を通じて「心の充実感」を得るだけではなく、社外で獲得した「様々な経験値」についても社内に還元できるということではないでしょうか。
「ワークライフバランス」の原理原則から導く人事戦略
では、この原理原則を経営活動の枠組みに落とし込むと何が見えてくるのでしょうか?
マーケティング機能への転用
言うまでもなく、社内にある既存知から社外にある知識との関連性が薄くなっていくほど、その組み合わせでイノベーションは起きやすいのですから、社外活動を通して得た様々な観点や知識は、社内に持ち寄られることによって、サービスのあらたな価値を創造することに繋がっていきます。
人事としては、それを組織横断的につなぎ合わせる場を提供し、持ち寄ったナレッジが部署関係なく社内全体で共有活用できる状況を生み出すことになるでしょう。
ただし、これまでのようなプロジェクトチームや、情報蓄積を行う事例BOXというありきたりなものにとどまらず、既存知と社外知識を組み合わせた先にある新サービスアイデアを公募で募るようなコンテストの実施など、マーケティング関連部署とタッグを組んで戦略人事としてより有効的に機能させる仕掛けが大切になってくるかもしれません。
生産管理機能への転用
生産管理とは量産化されたサービスを継続的に市場に提供するための機能です。「ワークライフバランス」の原理原則は、定型的になりがちな生産管理の現場に様々な視点を吹き込んでくれます。従業員が主体的に外部のセミナーに参加し、改善行動の質をトレンドレベルまで高めようとするといった行動はまだ序の口。
無論、そのように社外活動から経験値を共有できる会議やミーティングの場が部署内に存在すれば、受け仕事の多い生産管理の職場に漂う固定観点が取っ払われ、変化に富んだ部署へと発展することに繋がるかもしれません。
意思疎通機能への転用
部下や他部署の人間が、社外活動で手に入れた価値観や行動を共有知としてストックすれば、世代や部署を超えた共通言語として繋がっていきます。部署や序列関係なく繋がり始めれば、部下が上司を信頼するだけではなく、上司が部下を見る目も変化し、他部署との連携が強化され、組織の活力は強化されていくでしょう。
人事ができること
どの機能を推進するにしても、人事ができることは2つです。
①「社外活動参加への意思を尊重し、その支援を怠らない」
残業の削減のみならず、社外活動に対する費用の部分負担、社外活動に合わせた休暇の調整や、メンバーを社外活動に誘うことによるインセンティブの発生など、人事部門は外を見せることによって生まれる従業員の離職リスクを前提にするのではなく、外を見せることによって生まれる社内還元のメリットを強調し、ワークライフバランスを全社員に推奨する姿勢が求められます。また、社内で実施するスキル強化研修も観点を変えて、異業種交流会や職業体験会などに切り替えることも面白い取り組みの一つとなるかもしれません。いずれにしても、その根幹に流れるキーワードは、「社外を知ることによって社内に渦巻く既存知の枠組みを超える」ということです。
②「戦略的に、社内で発信・展開する場所(機会)を作る」
ワークライフバランスの最終アウトプットは、外部の経験を社内に発信・展開することです。それは人に伝え発信するにしても業務に練りこむにしても同様です。アウトプットする習慣のない人材はその場を提供することからスタートしなければなりません。だからこそ「社外活動報告会」や「新アイデアコンテスト」など、アウトプットするための「場(機会)」を人事主導で作ることが不可欠だと言えます。
5回目となる今回は「ワークライフバランス」というキーワードを読み解き、原理原則に迫ってみました。近頃流行りの発散思考も、そもそも引き出しがなければ発散しようがありません。そして、その素材は様々な経験からストックされるものです。そう考えれば、ワークライフバランスに見られる社外活動への参加は、全ての従業員が「自ら率先して行うべき基本行動」なのかもしれません。