第14回 コンピテンシーとは?企業人事に注目される理由と活用時の注意点
コンピテンシーとは
『コンピテンシーとは、ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因としてかかわっている個人の根源的特性、と定義される。』(出典:コンピテンシー・マネジメントの展開 ライル M.スペンサー/シグネ M.スペンサー著)
よりシンプルに定義すると『高業績者の行動特性』、あるいは『高い業績を上げている人に特徴的に見られる行動を類型化したもの』とも言えます。さらにおおまかに表現すれば、『できる社員の行動パターン』または『行動ノウハウ』とも言えるでしょう。
コンピテンシーのなりたち
コンピテンシーの概念は、ハーバード大学の行動科学研究者であるD.C.マクレランド教授とマクバー社の1970年代の研究から見出されました。
「学歴や知能レベルが同等の外交官(外務情報職員)が、なぜ開発途上国駐在期間に業績格差がつくのか?」
という調査依頼を米国国務省から受けたことから、研究が始まります。
マクレランド教授らの研究の結果、「業績の高さと学歴や知能はさほど比例することなく、高業績者にはいくつか共通の行動特性がある」ということが見出されました。この研究がコンピテンシーの始まりとされています。
コンピテンシーの『氷山モデル』
さらにマクレランド教授は人の行動の目に見える部分である「スキル、知識、態度」と、目には見えない「動機、価値観、行動特性、使命感」が存在することを見出しました。
高業績者の行動を生んでいるのは、目に映る部分だけではなく、目に見えない部分の影響が大きいことが明らかにされます。行動の目に見える部分は氷山の一角であり、実際に氷山を動かしているのはその水面下の大きな部分だという考え方です。
この考えは『氷山モデル』と呼ばれ、コンピテンシー理論の基礎となっています。
普通の成果をあげている販売担当者と安定して高業績をあげているAさんの違いを題材に『氷山モデル』とコンピテンシーの理解を深めていきましょう。
普通の成果をあげている販売担当者の目に見える顕在的な特性は、「お客さまへの一方的な売り込み」「商品についての通り一辺倒の表層的な知識」が見出されました。
一方、高い成果を上げているAさんの目に見える顕在的な特性は「共感的なコミュニケーション」「お客さまの状況に合わせた説明」「商品がお客さまにどう役立つのかという深い知識」が見出されました。
次に、潜在的な特性に着目してみましょう。普通の成果をあげている販売担当者の特性は、仕事の動機として「生活の為のお金を稼ぐ」、価値観として「決められたことをしっかりやる」というものが見出されました。
一方、高い成果をあげているAさんの潜在的な特性は「お客さまの生活を豊かにする」という強い使命感、「仕事は言われたこと以上のことを行い価値を残す」という価値観が見出されました。
これらの違いが、コンピテンシーとなります。高い業績の実現には、いくつかのコンピテンシーを組み合わせることが必要です。この観点から多数あるコンピテンシーを体系的に整理し、その役割や仕事内容によって組み合わせたものを「コンピテンシーモデル」と言います。
因みに、『氷山モデル』において、顕在的な部分については後天的に開発可能な領域、潜在的な部分については後天的に開発は難しいとも言われています。
従って、潜在的な部分については採用や任用・配置時に注意深く見極めることが求められます。先ほどの販売担当者の例で言えば「共感的なコミュニケーション」については、研修等で開発することは可能ですが「お客様の生活を豊かにする」という使命感については、研修等の育成施策で一朝一夕に開発することは難しいでしょう。
コンピテンシーモデルとは?
組織において、コンピテンシーを活用する際には、各企業ごとに階層や職種に応じて、どのようなコンピテンシーの組み合わせが必要なのかを整理し、定義づける必要があります。先述したように、これらのコンピテンシーを組み合わせ定義づけたものをコンピテンシーモデルといいます。
例えば同じ法人営業職においても、扱う商品や金額・顧客属性に応じて、コンピテンシーモデルは大きく異なります。
扱う商品・サービスの単価が安く、不特定多数の顧客を対象とするような法人営業(例えばオフィス用品の営業職)の場合だと、求められる動き方は、①フットワーク軽く次々に顧客にアプローチを行い、②短期スパンで結果を出すこと、になるでしょう。その際のコンピテンシーモデルは「達成志向・自己管理・関係構築」といったものになるかもしれません。
反対に、一件当たりの商品・サービスの単価が高く、顧客は大企業を対象とし、商談スパンが1年を超えるような法人営業(例えば企業の基幹システムの営業職)の場合だと、求められる動き方は、①チームとして動きながら、②顧客や競合を緻密に分析し、③顧客内の様々な利害関係者の動向を把握しながら商談を一歩ずつ進め、④中長期で結果を出すこと、になるでしょう。その際のコンピテンシーモデルは「分析的思考・組織感覚・チームワークと協力」といったものになりそうです。
コンピテンシーモデルの作り方
では、コンピテンシーモデルを作成するにはどうすればいいのでしょうか? 多くの場合は、コンサルタントに依頼をすることが多く、作成手順もコンサルタントによって多少差異はあります。
これまでは、ハイパフォーマーの行動特性を浮き彫りにすることを中心に、コンピテンシーモデルを創ることが中心でした。いわゆる、過去の成功事例からコンピテンシーモデルを創る方式です。
しかし、自社を取り巻く環境変化がますます加速するビジネス環境下において、昨今では、過去の成功事例からコンピテンシーモデルを創る方式では現場の実態にそぐわないことも増えてきています。コンピテンシーモデルを創るプロセスにおいても、自社の経営環境の変化を捉え、今後の事業戦略から逆算して、求められるコンピテンシーを抽出していく方法に切り替わりつつあります。以下、具体的な作成手順を紹介していきます。
①今後の組織のベクトル(将来ビジョンや戦略)から求められる人材像を定義
今後の自社の事業環境の分析を行います。併せて、経営トップから組織の将来ビジョンや戦略を確認します。今後の自社の方向性を踏まえた上で、求められる人材像を検討し、定義づけていきます。併せて、求められる人材像に合致する人材を社内から選出していきます。
②必要なコンピテンシーについての仮説立案
今後の自社の方向性と現在のビジネスの業界特性・職種特性から必要なコンピテンシーについて仮説をたてます。(例えば、法人営業職であれば、「達成志向」「顧客指向」が必要であるのではないか?)
その際に、「コンピテンシー・ディクショナリー」を活用することが一般的です。
「コンピテンシー・ディクショナリー」とは、業種や職種横断的に必要なコンピテンシーをすべて洗い出し、体系的に整理したものです。最初にコンピテンシー・ディクショナリーを提唱したのが、ライル・M.スペンサーと、シグネ・M.スペンサー であったため、スペンサー&スペンサーのコンピテンシーモデルと言います。6領域・21項目に分類しモデル化したものを1990年代に発表し、以降コンサルティング会社によって独自に編纂されています。
③必要なコンピテンシーについての仮説検証
①で選出した「求められる人材像に合致する人材」や現在のビジネスでのハイパフォーマーに対しインタビューを行い、必要なコンピテンシーについての仮説検証を行います。インタビューを通して、仕事においてハイパフォーマンスを生み出すためにどのような行動をとっているか?という行動特性や、何を重視して取り組んでいるのか?という思考特性、仕事を進めていく上での動機や価値観を明らかにしていきます。
④コンピテンシーモデルの作成
インタビューの結果から、ハイパフォーマーと標準のパフォーマーとの違いを検証します。どの部分が違うのか、なぜそれが業績につながるのか検討を深め、モデル化します。
その際、各コンピテンシーについてレベル設定を行います。多くの場合は5段階で設定され、必要最低限のレベルから高いパフォーマンスを出すための卓越したレベルの範囲で設定されます。
⑤従業員への説明、各種人事施策において活用
作成したコンピテンシーモデルは、従業員に目的と併せて説明し、納得してもらう必要があります。
その後は、評価や採用、配置、育成などの各種人事施策で活用していくことになります。
コンピテンシーモデルの活用
コンピテンシーモデルが作成されると、組織の人事施策において大きな軸ができることとなります。主な活用方法としては、採用・評価・育成・キャリア開発と幅広く活用することができます。
採用
新卒採用での求める人材像において、コンピテンシーをモデル中心に検討するとよいでしょう。中途採用においては、各職種で求められるコンピテンシーモデルを元に募集要項を作成するとよいでしょう。
評価
昇給昇格の任用要件としてコンピテンシーモデルを活用することができます。また配置移動においても各職務で求められるコンピテンシーモデルと本人のコンピテンシーを照らし合わせて適材適所を実現することが可能となります。
育成
階層毎に行われる集合研修の企画や職場でのOUTにおいてコンピテンシーモデルを念頭に置いて企画・実施をすることで、効果的な育成を行うことができます。
キャリア開発
組織として設定するキャリアパスにおいて、各キャリアにおいてどのようなコンピテンシーモデルが必要かという点は必須の項目といえるでしょう。 また、従業員がキャリアデザインを行う際に、設定されたコンピテンシーモデルは一つの目安として有益な情報となります。
コンピテンシーモデル活用の留意点
上述の通り、コンピテンシーモデルは企業における採用や評価、配置、育成などのベースとなりますが、導入すればすべてが円滑に機能するかと言えばそうではありません。
活用場面ごとに細かい留意点はありますが、ここでは全体を通して言える留意点を二点お伝えしておきます。
①浸透、理解の徹底
コンピテンシーを創る側(多くは人事部)では、コンピテンシーについて十分な理解をしていますが、従業員側は、コンピテンシーについての理解は中々得られません。日常意識することも少ないでしょう。しかし、従業員側の理解が得られず、意識が欠けている中では、当初意図したコンピテンシー導入の効果は現れることはありません。
コンピテンシーの内容や導入の目的、従業員へのメリットなどを繰り返し発信し、浸透、理解の徹底を図る必要があります。
②定期的なメンテナンス
コンピテンシーは、一度創ってしまえばそれでいいのかというと、そうではありません。ビジネス環境は必ず変化するものです。その変化に応じて、従業員が求められるパフォーマンスも変わります。
従って、コンピテンシーは定期的にメンテナンスを行わなければ、企業方針や現場の実態に合わないものになってしまうのです。特に作り方①の組織のベクトル・事業戦略が変わった際には見直しは必要です。
定期的に策定したコンピテンシーを検証しメンテナンスを行う仕組みを組み込むことが重要です。
まとめ
人事上の課題は枚挙に暇がありません。そして課題解決のために、対症療法的な施策を打つ組織も多く見受けられます。
例えば、新卒採用であればよい人材が採用できないので、リクルーティングページをより見栄えの良いものにする。人材育成であれば、流行のテーマの研修を実施する。これらの施策は一時的には効果を上げることもありますが、本質的な打ち手となっていなければ、課題は解決されることなく、また元の状態に戻ってしまうものです。
コンピテンシーは、これら表層的な施策ではなく、本質的な打ち手となりうるものです。それだけに、時間や労力もかかるかとは思いますが、採用・評価・育成・キャリア開発等の人事上の課題が根強く残っている組織ではこの機会に導入を真剣に検討してもよいかもしれません。