STEP1 人材育成の基礎知識

【第16回】人的資本経営とは

経済産業省では、人的資本経営について以下の定義をしています。
『人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。』

人的資本については、統一した定義はないのですが、OECD(経済協力開発機構)では、人的資本について『個人的、社会的、経済的厚生の創出に寄与する知識、技能、能力及び属性で、個々人に備わったもの』と定義しています。
組織構成員が持つ知識、技能、能力、資質など、価値創出の源泉となりえるもの全般を人的資本として捉えて大きな間違いはないでしょう。

これまで企業は人材を「資本」ではなく「資源」として捉え、教育研修や自己啓発支援といった人材に対する支出は「コスト」として扱う傾向がありました。それに対し人的資本経営では、人材を「価値を生み出す源泉」として捉え、人材に対する支出も「価値を生み出す投資」として積極的に実施していくことを推奨しています。

一方で、投資家やステークホルダーは企業選別にあたって、人的資本に関する情報を「企業の将来性を判断する指標」として重視するようになっています。経営側としては、人事・組織領域・財務の各種データとHRテクノロジーを活かし、人的資本を可視化し、ステークホルダーと健全な関係を保ちながら経営を行うことも人的資本経営の重要な側面です。

『人材版伊藤レポート』から日本における人的資本経営を読み解く

『人材伊藤版レポート』とは、2020年9月に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」の通称です。持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかという点についてまとめられており、人的資本経営が脚光を浴びるきっかけとなりました。

続く2022年5月に経済産業省は『人材版伊藤レポート2.0』を公表しました。これは人材戦略を経営戦略と連動させながら、どう実践していくかという点についての取り組みや工夫を提示したものです。

これらの2つのレポートでは、これからのあるべき人材戦略には「3つの視点(3P:Perspectives)」と「5つの共通要素(5F:Common Factors)」(3P・5Fモデル)が必要であり、それぞれについて整理・提言をしています。

「3つの視点」では「経営戦略と人材戦略の連動」「As is – To beギャップの定量把握」「企業文化への定着」について言及しています。
「五つの共通要素」では「動的な人材ポートフォリオ」「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」「リスキル・学び直し」「従業員エンゲージメント」「時間と場所にとらわれない働き方」について提言しています。


(出典:経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」2022年5月)

ここからは「3つの視点」と「5つの共通要素」について内容を紐解いてみましょう。

人材戦略に必要な3つの視点(3P)

[視点1]経営戦略と人材戦略の連動

ビジネス環境が大きく変化する中で、持続的に企業価値を向上させるためには、経営ビジョン・事業戦略・ビジネスモデルの実現を支える人材戦略が欠かせません。人材戦略の策定にあたっては、外部コンサルタントや人事部任せではなく、経営陣が主導して具体的なアクションやKPIを検討することが求められます。

[視点2]As is – To beギャップの定量把握

As is – To beギャップの把握とは、人材の課題を特定した上で課題ごとにKPIを設定し、「As is=現状」と「To be=理想」との「ギャップ=隔たり」を具体的に指標を用いて可視化することを指します。 As is – To be ギャップを基に必要な人材の採用・配置・育成を計画し、実行段階でもギャップを定量的に把握します。
この取り組みは、人材戦略が経営戦略と連動しているかを判断し、人材戦略をタイムリーに見直していくために都度行っていくことが重要となります。

[視点3]企業文化への定着

企業文化は無作為に醸成されるのではなく、日々の事業活動や各種の取り組み・工夫によって根付いていくものです。人材戦略策定時に企業文化定着について検討し、定着させるためのアクションを実行・検証していく必要があります。新たな人材戦略が企業文化に定着し、実際に従業員の行動や姿勢として現れるまでには時間がかかるため、早期に取り組むことが大切です。

各視点において具体的にどのような取組があるのかについては下表をご確認下さい。

人材戦略に必要な3つの視点(3P):具体的な取組

視点 取組
[視点1]
経営戦略と人材戦略を
連動させるための取組
①CHROの設置
②全社的経営課題の抽出
③KPIの設定、背景、理由の説明
④人事と事業の両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティの向上
⑤サクセッションプランの具体的なプログラム化
⑥指名委員会委員長への社外取締役の登用
⑦役員報酬への人材に関するKPIの反映
[視点2]
「As is – To be ギャップ」の
定量把握のための取組
①人事情報基盤の整備
②動的な人材ポートフォリオ計画を踏まえた目標や達成までの期間の設定
③定量把握する項目の一覧化
[視点3]
企業文化への
定着のための取組
①企業理念、企業の存在意義、企業文化の定義
②社員の具体的な行動や姿勢への紐づけ
③CEO・CHROと社員の対話の場の設定

人材戦略に必要な5つの共通要素(5F)

『人材版伊藤レポート』では、人的資本経営を実現していく上で、人材戦略に必要な共通要素として以下5つを挙げています。

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキル・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

経営戦略の実現に向けて必要な人材ポートフォリオを策定すること、個人・組織を活性化するためにダイバーシティ&インクルージョンやリスキリングを促進し、従業員が主体的に高い意欲をもって業務に取り組む環境を整備することが挙げられています。

また、多様化する人材や働き方への対応、さらに事業継続の観点からも、従業員がいつでもどこでも働ける環境づくりを推奨しています。

各要素において具体的にどのような取組があるのかについては下表をご確認下さい。

人材戦略に必要な5つの視点(5F):具体的な取組

要素 取組
[要素1]
動的な
人材ポートフォリオ
①将来の事業構造を踏まえた中期的な人材ポートフォリオのギャップ分析
②ギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得
③学生の採用・選考戦略の開示
④博士人材等の専門人材の積極的な採用
[要素2]
知・経験の
ダイバーシティ&
インクルージョン
①キャリア採用と外国人の比率・定着・能力発揮のモニタリング
②課長やマネージャーによるマネジメント方針の共有
[要素3]
リスキル・学び直し
①組織として不足してるスキル・専門性の特定
②社内外からのキーパーソンの登用、当該キーパーソンによる社内でのスキル伝播
③リスキルと処遇や報酬の連動
④社害での学習機会の戦略的提供(サバティカル休暇、留学等)
⑤社内起業 出向起業等の支援
[要素4]
従業員エンゲージメント
①社員のエンゲージメントレベルの把握
②エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント
③社内のできるだけ広いポジションの公募制化
④副業・兼業等の多様な働き方の推進
⑤健康経営への投資とWell-beingの視点の取り込み
[要素5]
時間や場所に
とらわれない働き方
①リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化の推進
②リアルワークの意義の再定義と、 リモートワークとの組み合わせ

『人材版伊藤レポート』から、人的資本経営においてどのような点が重要で、何に取り組むべきなのかという示唆が数多く得られるのではないでしょうか。

人的資本経営の実践に向けて

企業は人的資本経営をどう実践していけばよいのか、『人材版伊藤レポート』の内容を元に具体的な進め方を紹介します。

HRテクノロジーの活用による人的資本の可視化

社内の人的資本の状況について、タイムリーに把握することが必要です。その為には、HRテクノロジーを活用して計測環境を整えねばなりません。従業員のエンゲージメントやスキル分布など可能な限り数値化を行うことで、より正確な現状把握が可能になります。

前年と比較してどの程度改善されたのか、行った施策がどの程度効果をもたらしたのかなどを定量的に判断することでPDCAを回していくことができます。採用管理システムや給与計算システム、退勤管理システム、タレントマネジメントシステムなどHRテクノロジーは近年急速に進化しており、これらを効果的に活用しましょう。

経営戦略と人材戦略の連動

人的資本経営を行うには、経営戦略に基づいた人材戦略の策定が必要です。
例えば、自社のグローバル化が課題となっているのであれば、人材戦略としてはグローバル人材の採用・配置・育成を進めていく必要があります。このように経営課題と人材戦略課題は密接に繋がっています。まずは自社の経営におけるビジョンや事業戦略を明確にし、それを基に人材戦略を構築していくことが重要です。
人材版伊藤レポートで提示されている「CHROの設置」などの取り組みを行うことも一案です。

現状(As is)とあるべき姿(To be)のギャップ把握

自社のあるべき姿(To be)を設定の後は、現在の姿(As is)と比較しどのくらいの乖離があるのか、そのギャップを可能な限り定量的に把握します。その際に、HRテクノロジーの活用は不可欠なものとなるでしょう。

経営における外部環境の変化が激しい時代においては、策定した人材ポートフォリオと現状のギャップの乖離はすぐに生じます。最適な施策の考案・実行につなげていくには、前段階として現状(As is)とあるべき姿(To be)のギャップをタイムリーに把握しておくことが不可欠です。

ギャップを埋める施策の検討

現状(As is)とあるべき姿(To be)のギャップを把握した後は、あるべき姿に近づけるためにすべきこと、ギャップを埋めるために必要な施策を検討していきます。例えば、教育投資や待遇改善、採用などがあげられます。
人材版伊藤レポート「人材戦略に必要な5つの共通要素(5F)」は施策検討のヒントになることでしょう。
施策を「投資」として捉えること、経営ビジョンや戦略から逆算して考えることが重要です。

施策の実行と効果検証

施策を実行していく上で重要な点は、「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」のPDCAを回すことです。施策実行後は定期的に効果検証を行い、施策による変化や目標到達度を把握しましょう。その際にHRテクノロジーを活用し、定量的に変化を把握することが肝要です。
効果検証で得たデータを施策の改善や見直しに活用し、更に効果的な施策の検討・実行へと繋げていくことがポイントです。

まとめ

近年重視されている人的資本経営ですが、様々なやり方や手段が溢れています。それらの情報をキャッチアップし検討していくことも必要ですが、その際に人的資本経営の本来の目的を見失わないことが大切です。

人的資本経営の本来の目的は、社員一人一人の活性化や社員が持っている能力の最大化にあります。人材を中長期的に育成し価値を高めていくことがつまり、人的資本の価値向上なのです。

どのようなツールで人材情報を分析し、情報開示行うか、投資家との関係をどう築いていくかということももちろん重要ですが、まず自社の目指す姿に向けて人材の価値向上に必要な環境づくりを行うことが大切です。

枝葉末節の方法論に囚われず、人的資本経営の本質を見据えて自社にとって本当に必要な施策を取捨選択して取り入れていきましょう。

 

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