第4回 コンピテンシーの導入方法と注意点
第3回では、HPIモデルにおけるパフォーマンス分析の一つの手段としてコンピテンシーを紹介いたしました。
本稿では、コンピテンシーの作成を中心に理解を深めていきたいと思います。
コンピテンシーモデルとは?
第3回でコンピテンシーについて以下のような簡単な説明を行いました。
よりシンプルに定義すると、『高業績者の行動特性』、或は、『高い業績を上げている人に特徴的に見られる行動を類型化したもの』とも言えます。さらにざっくり言うと、『できる社員の行動パターン』または『行動ノウハウ』とも言えるでしょう。
そして、組織において、コンピテンシーを活用する際には、各企業ごとに、階層や職種に応じて、どのようなコンピテンシーの組み合わせが必要なのかを整理し、定義づける必要があります。これらのコンピテンシーを組み合わせ、定義づけたものをコンピテンシーモデルといいます。
例えば、同じ法人営業職においても、扱う商品や金額、顧客属性に応じて、コンピテンシーモデルは大きく異なります。
扱う商品・サービスの単価が安く、不特定多数の顧客を対象とするような法人営業(例えばオフィス用品の営業職)の場合ですと、求められる動き方は、フットワーク軽く次々に顧客にアプローチを行い、短期スパンで結果を出すことになるでしょう。その際のコンピテンシーモデルとしては、「達成志向・自己管理・関係構築」といったものになるかもしれません。
反対に、一件当たりの商品・サービス単価が高く、顧客は大企業を対象とし、商談スパンが1年を超えるような法人営業(例えば企業の基幹システムの営業職)の場合ですと、求められる動き方は、チームとして動きながら、顧客や競合を緻密に分析し、顧客内の様々な利害関係者の動向を把握しながら、商談を一歩ずつ進め、中長期で結果を出すことになるでしょう。その際のコンピテンシーモデルとしては、「分析的思考・組織感覚・チームワークと協力」といったものになりそうです。
コンピテンシーモデルはどのように創るのか?
では、コンピテンシーモデルを作成するにはどうすればいいのでしょうか?多くの場合は、コンサルタントに依頼をすることが多く、作成手順もコンサルタントによって多少の差異はあります。
これまでは、ハイパフォーマーの行動特性を浮き彫りにすることを中心に、コンピテンシーモデルを創ることが中心でした。過去の成功事例からコンピテンシーモデルを創る方式です。
しかし、自社を取り巻く環境変化がますます加速するビジネス環境下において、昨今では、過去の成功事例からコンピテンシーモデルを創る方式では、現場の実態にそぐわないことも増えてきています。コンピテンシーモデルを創るプロセスにおいても、自社の経営環境の変化を捉え、今後の経営・事業戦略から逆算して、求められるコンピテンシーを抽出していく方法に切り替わりつつあります。以下、具体的な作成手順を紹介していきます。
※コンピテンシーモデルの作成手順として記していますが、コンピテンシーも包括する人材要件定義(求められる人材像・叶えるコンピテンシー・必要となるスキル要件等)の策定手順も、概ね同様です。
- ①今後の組織のベクトル(将来ビジョンや戦略)から求められる人材像を定義
- まず、事前準備として今後の自社の事業環境の分析を行います。その上で、経営トップへのヒアリングや経営資料から、組織の将来ビジョンや戦略を確認します。今後の自社の方向性を踏まえた上で、求められる人材像を検討し、定義づけていきます。併せて、求められる人材像に合致する人材を社内から選出していきます。
- ②必要なコンピテンシーについての仮説立案
- 今後の自社の方向性や求められる人材像+現在のビジネスの業界特性・職種特性から、必要なコンピテンシーについて仮説をたてます。(例えば、法人営業職であれば、「達成志向」「顧客指向」が必要であるのではないか?)
その際に、「コンピテンシー・ディクショナリー」を活用することが一般的です。
「コンピテンシー・ディクショナリー」とは、業種や職種横断的に必要なコンピテンシーをすべて洗い出し、体系的に整理したものです。最初にコンピテンシー・ディクショナリーを提唱したのが、ライル・M. スペンサー と、シグネ・M. スペンサー であったため、スペンサー&スペンサーのコンピテンシーモデルと言います。6 領域・21 項目に分類しモデル化したものを1990年代に発表し、以降、コンサルティング会社によって独自に編纂されています。
※ただし、コンピテンシー・ディクショナリーが全てではありません。あくまで参考活用するだけであり、自社に最も適した項目・定義を策定する事が重要です。
領域 | 項目 |
---|---|
達成・行動 | 達成志向、秩序・品質・正確性への関心、イニシアチブ、情報収集 |
援助・対人支援 | 対人理解、顧客支援志向 |
インパクト・対人影響力 | インパクト・影響力、組織感覚、関係構築 |
管理領域 | 他者育成、指導、チームワークと協力、チームリーダーシップ |
知的領域 | 分析的思考、概念的思考、技術的・専門職的・管理的専門性 |
個人の効果性 | 自己管理、自信、柔軟性、組織コミットメント |
- ③必要なコンピテンシーについての仮説検証
- ①で選出した「求められる人材像に合致する人材」や現在のビジネスでのハイパフォーマーに対しインタビューを行い、必要なコンピテンシーについての仮説検証を行います。インタビューを通して、仕事においてハイパフォーマンスを生み出すためにどのような行動をとっているか?という行動特性や、何を重視して取り組んでいるのか?という思考特性、仕事を進めていく上での動機や価値観を明らかにしていきます。
※本人インタビューが難しい場合は、現場上長へのヒアリングによって補うこともあります。 - ④コンピテンシーモデルの作成
- インタビューの結果から、ハイパフォーマーと標準のパフォーマーとの違いを検証します。どの部分が違うのか、なぜそれが業績につながるのか検討を深め、モデル化します。
その際、各コンピテンシーについて、レベル設定を行います。多くの場合は5段階で設定され、必要最低限のレベルから高いパフォーマンスを出すための卓越したレベルの範囲で設定されます。 - ⑤従業員への説明、各種人事施策において活用
- 作成したコンピテンシーモデルについては、従業員に目的と併せて説明し、納得してもらう必要があります。
その後は、評価や採用、配置、育成などの各種人事施策で活用していくことになります。
コンピテンシーモデル活用の留意点
上述の通り、コンピテンシーモデルは企業における採用や評価、配置、育成などのベースとなりますが、導入すればすべてが円滑に機能するかと言えば、そうではありません。
活用場面ごとに、細かい留意点はありますが、ここでは全体を通して言える留意点を二点お伝えしておきます。
- ①浸透、理解の徹底
- コンピテンシーを創る側(多くは人事部)では、コンピテンシーについて十分な理解をしていますが、従業員側は、コンピテンシーについての理解は中々得られません。日常意識することも少ないでしょう。しかし、従業員側の理解が得られず、意識が欠けている中では、目指すべき行動に向かなかったり、そのための社員育成の必要性を理解されなかったりと、当初意図したコンピテンシー導入の効果は現れることはありません。
社員(特に現場層)への理解・浸透が、以降の活用・展開に必須となるので、導入の目的・従業員メリットなどの繰返し発信や、横断的な社内浸透プロジェクトを立ち上げ、分かり易い視覚効果を狙ったツール類など、会社(本社)からの一方的な説明に終始しない工夫・徹底を図る必要があります。 - ②定期的なメンテナンス
- コンピテンシーは、一度創ってしまえばそれでいいのかというと、そうではありません。ビジネス環境は必ず変化するものです。その変化に応じて、従業員が求められるパフォーマンスも変わります。
従って、コンピテンシーは定期的にメンテナンスを行わなければ、現場の実態に合わないものになってしまうのです。大体は経営・事業戦略の再検討時(おおよそ3~5年)を目安として、コンピテンシーを検証・メンテナンスを行う仕組みを組み込むことが重要です。