STEP3 人材育成と企業戦略

第2回 「付加価値の創造」を加速させる企業戦略としてのダイバーシティ

「人材育成の基礎知識」STEP1の第9回目にも登場した「ダイバーシティ」ですが、まだまだ冷めやらぬこのトレンドワードを本連載のトップバッターとして取り上げてみたいと思います。

ダイバーシティとは

「ダイバーシティ」とは「多様な人材を積極的に活用しよう」という考え方です。元々はアメリカで1964年に成立した公民権法によって平等雇用機会委員会が設置され、雇用における人種差別撤廃やマイノリティの機会均等を強化しようとした働きが最初だと言われています。

日本ではそれからかなり遅れて2005年頃から急速な広がりをみせました。しかし当初、ダイバーシティに対する理解は表面的で、人事政策の一面として女性活躍を促進するというものにとどまっていました。

最近でこそ、ワークライフバランスやテレワーク、定年退職者の雇用延長制度(再雇用制度)など、その解釈は広くなされるようになりましたが、いずれにしてもそれらの取り組みに共通して言えることは、日本企業におけるダイバーシティの取り組みはCSRの一環としての認識が強いということです。

それは、性別や年齢など、多様な属性の従業員を雇用し、「女性管理者比率」や「定年後再雇用比率」などの指標を公開し、従業員のニーズに合った働き方が可能な職場作りを行うことで企業のブランディング強化を図るといったロジックで成り立っています。

ダイバーシティの原理原則は何か

▼元々のルーツ:人種差別の撤廃やマイノリティ(LGBT等)に対する機会均等

▼現在の日本社会における解釈:女性・外国人・再雇用者などに向けた人事政策としての多様性

▼企業における表面的なアウトプット:CSRの観点における企業ブランディングの一環

▽企業における原理原則的なアウトプット:「   ?   」

▽「企業における原理原則的なアウトプット」を考える上で、働く女性の声を発信するイー・ウーマンの代表である佐々木さんが、「ダイバーシティの本質は性別や年齢でもなく、「視点」であり、違ったものの見方が出来る人が集まることによって集団が健全になる」と述べている点は、とても重要なヒントだと言えます。

原理原則的な捉え方に基づいたダイバーシティ2.0

この原理原則的な解釈に基づいた取り組みは、2016年に経済産業省によって提唱された「ダイバーシティ2.0」によって、より体系化されました。ダイバーシティ2.0を端的に言えば「稼ぐ力を高める経営(競争)戦略としてのダイバーシティ」です。経済産業省はこのダイバーシティ2.0を「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限に引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組」と定義しています。 

※「経済産業省 ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」より抜粋

ここで言う「能力」とは紛れもなく「モノの見方や考え方の多様性の中から生まれるアイデア」であり、「これまでの既成概念にとらわれない思考」をダイバーシティの原理原則的なエッセンスとして捉えることが出来ます。

ダイバーシティの原理原則から導く人事戦略

従業員満足(ES)やCSRに向きがちだった「ダイバーシティ」というトレンドワードですが、その理解を原理原則に近づけることによって、第1回目の連載で定義した経営活動における様々な機能の中で有効的に転用することができそうです。

「マーケティング機能」「意思疎通機能」への転用

例えば、性別や国籍・年齢や経験値など、様々な背景によって培われた多様な価値観に基づいてターゲットに強く付加価値訴求できるサービスへ変換していく為に必要なクロスファンクショナルチーム(組織横断型チーム)の制度設計などは、ダイバーシティの原理原則理解から生まれる戦略人事の最たる仕掛けであると言えます。過去の成功体験や固定概念に縛られた枠組みだけでサービスを検討している「市場開発部」「商品企画部」が存在しているとすれば、ダイバーシティの原理原則的理解に基づいて、様々なバックボーンを持った人材をチームメンバーに加えることによって、これまでにない発想豊かな議論から新たなアイデアを生み出せるかもしれません。

また、その実現において不可欠なクロスファンクショナルチームの生成は、組織の部署同士を貫くプロジェクトチームとして機能することで、組織内の意思疎通機能も補完するものとなります。部署毎に完結した、所謂「縦割り組織」も、ダイバーシティの原理原則的な理解に基づけば時代に逆行した古めかしいものとなります。まずは、組織の中で最も身近な場所で、異なる価値観を持った「他部署の意見」を尊重することが、組織の神経伝達回路(意思決定プロセス)を活性化させる第一歩となるでしょう。

「生産管理機能」「ファイナンス機能」への転用

日本では時間通りや予定通りに製造工程が進むことが当然ですが、それが多国籍になると事情は異なります。生産管理においても考え方の多様性を含むことによって、予定通り進まないこと・想定通りいかないことに対する従業員の耐性強化というあらたな視点が生まれることになります。そしてその視点は、昨今の大規模災害に対する有効なリスクマネジメントにも通ずるはずです。ダイバーシティは属性ではなく、その属性が生み出す視座視点の違い。だからこそ、その原理原則的な考え方は生産管理機能における人材育成の在り方も、大きくパラダイムシフトすることに繋がります。

また、それはリスクマネジメントという観点に基づいて、ファイナンス機能においても汎用的に機能させることが出来ることも想像に難くないでしょう。

  • 家庭の財布を預かる多くの主婦の視点から見ると、景気に乗った大胆なキャッシュフローは堅実に映るのか。

  • 年功序列の色がない外国人の視点から見ると、日本の賃金カーブは健全に映るのか。

  • ニーズ変遷の激しい20代の従業員の視点から見ると、7年先に設定された売上げ目標が現実的に映るのか。

無論、ファイナンスにまつわる最終的な意思決定を行うのは経営層ですが、意思決定に至るまでのプロセスにおいて、ダイバーシティの原理原則的な考え方に基づいて多角的な見方がどれだけなされたかということは、ファイナンス機能における立派なリスクマネジメントであると言えます。

このように今回は「ダイバーシティ」の原理原則に迫ってみました。その原理原則を社外に向ければ「付加価値の創造」を加速する装置として戦略人事に大いに組み込むことが出来ます。

一方、原理原則を社内に向ければ、異なる利害を持った部署間の連携によって風通しの良い社風を醸成することにも繋がります。また、生産管理機能やファイナンス機能においては、これまでの成功体験や固定観念に依存しない、多角的なリスクマネジメントの強化を後押しするキーワードにもなるでしょう。

「ダイバーシティ」=「多様な働き方」という表面的なワードに振り回されず、「多様性が生み出すものの見方が組織に与える恩恵」という戦略的な観点からダイバーシティを見ることで、戦略人事の切り口としてもまだまだ有効的に活用できるのではないでしょうか。

最新コラム

各種研修のお申し込みや
お試しの無料ID発行希望など