第6回 パーソナライズ学習とは?個人に理解度に合わせた学習モデル
6回目となる今回は「パーソナライズ学習」というキーワードを取り上げてみたいと思います。
パーソナライズ学習とは
「パーソナライズ」は「個人のために何かをカスタムすること」です。つまり「パーソナライズ学習」とは個人のために学習をカスタムすることを指します。学習における個人のレベルに合わせてプログラムを提供する理想的な学習モデルとして、言葉自体は数年前から注目されてきました。
ATD人材育成国際会議においても、人材開発の潮流は、
という変遷を辿り、2018年以降、最新の学び方トレンドは、まさに「パーソナライズドラーニング」だと示されています。
教育現場におけるパーソナライズ学習
教育現場においては、米大手IT企業の元エンジニアが2013年に立ち上げた学校「Alt School」が「パーソナライズ学習」の実験的試みのスタートでした。学年相応の習得スキルレベルは定められているものの、生徒ひとりひとりの学習プログラムを教師と相談しながら進め、使用する教材や副読本などは生徒自らの関心に基づいて決定していきます。最終的にはそれらの情報がビッグデータ化され、生徒の特性や習熟度に応じて教材やテキストのレコメンデーション機能を搭載することにも繋がっていくようです。ICTの進歩により、「パーソナライズ学習」はますます進歩を続けそうです。
社会人学習におけるパーソナライズ学習
近頃では、社会人においても「パーソナライズ学習」は注目されています。例えば仕事で専門的な英語を使用する際、実践的な英語を学べるAIアプリがあります。ユーザーの業務にマッチしたロールプレイシーンが描かれていて、アプリと会話を行うと自動的に採点されます。ここまではeラーニングのようですが、このアプリはさらにユーザーの音声を解析して、リアルタイムに文法の弱点部分にコーチング指導を施したり、ユーザーの苦手な発音を集めたドリル集などを生成してくれたりもします。まさに個人の課題と向き合った「パーソナライズ学習」を高い精度で実現してくれる個別学習支援ツールです。
パーソナライズ学習の原理原則とは
では、この「パーソナライズ学習」の原理原則とは何でしょうか。端的に見れば「個人に合った学習」ですが、その対象に何が合致しているのかを見抜く現状把握なくしてこのパーソナライズ学習は語れないように思います。
「Alt School」においては、教師のヒアリング精度が稚拙であればその生徒にパーソナライズされた学習教材を発見することもできません。英語アプリにおいても、ロールプレイ形式でやり取りした会話の蓄積があるからこそ「〇〇の発音が苦手」といった課題が浮き彫りになり「苦手発音ドリル」という的を射た打開策が生まれるわけです。
さらに、現状から認識された弱点や強みをどのような手法に基づいて解決・強化するのかも重要です。これまでの育成プログラムでは「教室単位の授業(企業で言えば階層別集合研修)」や「OJT」といった画一的な対策がほとんどでした。しかしパーソナライズするためには、その対象者のモチベーション度合いや、得意なこと、興味を持ちそうなことを加味した上で、マンツーマン・面談・eラーニング・読書・ゲーム・外部セミナー・野外活動など、選択肢の幅が必要です。
「パーソナライズ学習」の原理原則から導く人事戦略
では、この原理原則を経営活動のいくつかの枠組みに落とし込んでみましょう。
まず前提として、ワード自体は「パーソナライズ学習」ですが、原理原則では個人(パーソナル)に必ず落とし込みをするわけではありません。
ここではあくまでも「経営活動にパーソナライズ学習の『原理原則』がどのように効くのか」という点を大切にしながら話を進めていきたいと思います。
マーケティング機能への転用
まず経営活動において常に頭を悩ませるのは、いかにして資金を調達するのかです。「パーソナライズ学習」の原理原則が「現状を的確に見極める」ということですから、「捕らぬ狸の皮算用」ではどうにもなりません。ことを起こすうえで必要な資金を、限りなく的確にはじき出すための知識やノウハウを、ファイナンスに従事する従業員は熟知している必要があります。ただし、短期的な視点で見れば、すでにそのノウハウを持った専門家を、外部労働市場から引き抜くという選択肢がテーブルに上がるかもしれません。
一方、原理原則の後半部分は「解決策は多様性を大いに許容する」です。資金を調達する際、真っ先に思い浮かぶのは「銀行融資」や「IPO」です。しかしそれだけでは「パーソナライズ学習」の原理原則においては少し物足りなさを感じます。解決策の幅は多様であるほどパーソナライズされる可能性が広がるはずです。
例えば、状況に応じて②で特徴的な「少人数私募債」によって、中小企業でも大きなコストをかけずに発行できる社債や、③で注目されている「クラウドファンディング」によって、サービスに興味を持った一般消費者から投資をしてもらうなど、資金調達をする選択肢が知識やノウハウと共にあれば、よりパーソナライズされた、つまりその企業に合った対策の幅を持つことができます。
意思疎通機能への転用
意思疎通機能とは、報告連絡相談はさることながら部署間の連携や上司に対する部下のフォロワーシップなど様々なタイプがあります。いずれにしても意思疎通における現状分析は、何が意思疎通のボトルネックになっているのかを客観的にあぶり出す「中立性」が極めて重要です。
「阻害要因分析の中立性」を強調するのは、上司が部下を見る場合も部下が上司を見る場合も、好き嫌いによって評価の偏りが生まれるからです。パーソナライズ学習における原理原則「STEP1:その対象を的確に見極める」を実現するためには、立場に関係なく無記名の360度評価など、人事部が従業員同士のコミュニケーションの歪みをできる限り客観的に回収できる仕組みをいかに準備するかという点を問われることになります。
また、意思疎通機能の健全化においてよく施される学習はコミュニケーション系が主流です。報告連絡相談研修やコーチング研修・フォロワーシップ研修はどの企業でもよく聞くフレーズです。ただし、原理原則の「STEP2:解決策は多様性を大いに許容する」という点においては、ありきたりでパーソナライズしきれていない印象も受けます。
例えば、組織内の人と人が基本的に利害で動くことを考えれば、「社内マーケティング」という切り口で学びをカスタマイズしてあげると、解決策がパーソナライズされるかもしれません。部署間連携において、「誰に(どの意思決定者に)」「何を(どんなベネフィットを)」「どのように(プレゼンするのか)」というマーケティングのフレームワークで意思疎通を学ぶことによって、利害的観点で社内を見る従業員にはパーソナライズされ、主体的に学ぶ可能性を拡大します。
人事としてできること
「パーソナライズ学習」の原理原則を戦略人事に組み込む場合の押さえどころは、選択肢の束をどれだけ準備できるかに尽きます。選択肢の束が多ければ多いほど、パーソナライズされた時のフィット感が増します。無論、個人によって選択肢に感じる印象は異なるわけですから、これまでの画一的な集合研修だけでは学びの場を提供しきれません。
そこで、eラーニングやソーシャルラーニング・オンデマンドラーニング・マイクロラーニングなど、様々な学習形態を駆使して従業員の学び方もパーソナライズしていくことが求められることになるでしょう。「学ぶ内容」と「学び方」双方のパーソナライズ。これは人事が向き合わなければならない育成における今後の大いなるテーマとなっていくはずです。