第4回 VUCAとは?VUCA時代に求められる人事戦略
4回目となる今回は「VUCA(ブーカ)」というキーワードを取り上げてみたいと思います。
VUCA(ブーカ)とは
そもそもVUCA(ブーカ)とは軍事用語として1990年代にアメリカ陸軍が生み出した造語です。
- Volatility(不安定)
- Uncertainty(不確実)
- Complexity(複雑)
- Ambiguity(曖昧)
これまでの戦争は、軍の中枢機関(参謀)が明確な敵に対して攻撃戦略を立て、戦術を兵士にトップダウンで指示命令するといったピラミッド型の組織形態で対応できました。しかし近年、実態の見えない組織が思想の繋がりだけでネットワークを生み出し、指揮命令系統も曖昧なままに突発的テロを企てる時代になりました。戦局に法則性もないため、結果としてその時々の状況に合わせた臨機応変な戦闘が求められるようになったわけです。このようにVUCAとは「変化が激しく、先行きも見通せず、複雑で、曖昧である」という軍事の潮流を表した言葉だと言えます。アメリカ軍が生み出したこの造語は、近年のビジネスにおけるリーダーシップ論へと転用され、今やトレンドワードまでになりました。
これまでのビジネスモデルは、世の中に「ない物」を「ある状態にする(作る)」ことによって企業は成長してきました。しかし、今はサービスそのものの価値があっという間に一般化(コモディティ化)し、価格競争に陥り、消費者ニーズもめまぐるしく変化します。企業もそれに合わせて素早くプロトタイプを生み出し、顧客ニーズを基にサービスクオリティを高めて競合と差別化していくサイクルがとても重要視されるようになりました。まさにビジネスにおいてもVUCAが巻き起こり、それに対応することが新たなリーダーシップの在り方として問われるようになったということです。
VUCAとは、そんな時代背景の中でも勝ち残るために必要な「周囲の状況が変化する前に迅速に改革できる能力」です。ただ、今回はもう一歩踏み込んでVUCAの原理原則を理解し、企業戦略と人材育成につなげてみたいと思います。
VUCAが求めるリーダーシップ像の原理原則
実は、保守的といわれる日本企業において、VUCAな時代にマッチしたリーダーシップを発揮して大きく成長してきた企業がいくつもあります。
いずれの企業も、イノベーションを起こしたり新規市場への参入を成功させたりと、過去の成功に甘んじることなく、常に時代の流れを読みながら、その先の打ち手を創造し、アイデアをビジネスに変えてきた企業です。
VUCAの原理原則は「周囲の状況が変化する前に迅速に改革できる能力」ですが、さらに掘り下げれば「過去の成功の延長線に囚われない発想力や想像力」だと定義することができます。
VUCAの原理原則から導く人事戦略
それではこの原理原則を経営活動の枠組みに落とし込むと何が見えてくるのでしょうか。
ファイナンス機能への転用
例えば、ファイナンス機能においては、今後はフィンテックのさらなる進化によって「現金」の概念が取り払われ、経費精算はすべて電子決済で処理され、そのデータはクラウドの経理ソフトに自動で蓄積が可能となるでしょう。結果として、これまで受け身だった経理業務は、より戦略的かつ生産的な経営企画としての位置づけに変えられていくことが予想されます。
人事は、経理部門において発想力豊かなデータサイエンティストの育成を促すことで、AIによって施された分析データをもとに、過去に囚われないより有効な投資先や健全なキャッシュフローを模索する力を強化していくことになるでしょう。これまでは、経理ほど合理的で左脳思考が求められる部署はなかったと思いますが、今後は経理部門こそ右脳思考の必要性が高まっていくはずです。どのように無駄を省くのかという合理思考から、どのように資金を有効活用するのかという発散思考へのシフトが、VUCAな時代において経理部門に突き付けられるテーマとなります。無論、アイデアのアンテナを伸ばすためにも積極的に異業種との交流の場が大切になっていくはずですから、その支援を人事が戦略的に後押しすることになっていくかもしれません。
マーケティング機能への転用
マーケティング機能については、その価値は言うまでもなくサービスにイノベーションを起こすか、新たな市場に参入するかです。論理的思考だけでは予見できない将来が待ち構える中で、現在の資産を活用してあらたな革新的技術や異なる分野への参入を模索する際、アメーバーのように価値観やアイデアをつなぐ思考はまさに発散思考がなせる業だと言えます。
第2回目で取り上げたダイバーシティの原理原則において、様々な属性の人間が多様な価値観を持ち寄ることで新たなサービスを想像する力へ変換されていくと定義していましたが、様々な価値観を融合してサービスを具体化するという意味においては、ダイバーシティが求めることもVUCAな時代に求めることも原理原則では同一と認識できます。
ただし、様々な価値観を発散的に議論し、サービスに収束させていくプロセス設計は極めて重要です。価値観の多様性はあっても、それをアイデアとして発散的に議論できない社風があるなら、人事としてその風土を打開する施策を撃ち込まなければなりません。
マーケティング機能を活性化させるための意思疎通機能への転用
その風土を打開するために人事が仕掛ける施策は、これまでの固定概念を前提にすれば、「組織横断型チーム(クロスファンクショナルチーム)の生成や、ジュニアボード制の運用など、立場を超えて意見が言い合える環境整備が思い浮かびます。しかし、その選択肢そのものが固定概念に囚われているのではないかと疑ってかかることがVUCAの本質理解です。
例えば、「1ヵ月間、上司と部下の肩書きを置き換えてみましょう」「上司が決めたアイデアの意思決定権を部下がもちましょう」「アイデアを無記名で募って投票で最終決定をしましょう」など、「通常はあり得ない!」と思われる選択肢を、人事部自体が創造的・発散的に考えることからVUCAな時代において生き残れるかどうかの戦いは始まっていると言えるでしょう。
今回は「VUCA(ブーカ)」というキーワードを掘り下げ、VUCAな時代が求める組織運営の在り方という観点から原理原則に迫ってみました。勿論、組織人にとってこれまでの成功やルール・慣習を取り払って考えを巡らせることの難しさはあります。しかし一方で、人事を主体として組織の根幹からそのような考え方を支援し、発散思考を伸ばしていけるかどうかが、この先の企業成長のカギを握っているのではないでしょうか。