1on1、そして傾聴の技術 ~真に相手を理解しようと努力すること
1.はじめに ~「部下が辞めてしまった!」
「すみません、ちょっと例のプロジェクトの件でご相談があるのですが・・・」
こうして始まった部下との相談。皆さんは「あのプロジェクトの件か、どうしたんだ?」と一生懸命話を聞き、何が問題なのかを一緒に考え、アドバイスをします。
「そういうときはこういう風にしたらいいんじゃないかな」
自分なりにも今日はよく相談に乗って的確なアドバイスをしたつもりです。そして部下にも感謝されているよなと思いながら迎えた翌日、なんとその部下から辞表が出てきました。
「どうしてだ?昨日あれほど親身に相談に乗ってあげたのに!」
さて、こういったシーンは意外とよく見られるものです。そこでは上司本人は部下の話の内容はしっかりと理解し、的確なアドバイスをしているのです。ではなぜこういうことになるのでしょうか。今回は最近多くの企業で取り入れられている「1on1面談」や「傾聴」といったコミュニケーションに関して、組織開発の観点から考えていきましょう。
2.1on1の面談で何割、自分が話していますか? ~1on1の目的とは
1on1での面談はもともと多くの企業で行われていましたが、意識的に「組織開発」という観点から取り入れられたのは、ヤフー株式会社が2012年から「1on1ミーティング」を実施してからでしょう。ここでの1on1ミーティングのメインの目的は部下の経験学習の促進です。経験学習というものは「経験から学びを深める」ということですが、全員が体験したことを一人で内省し、気づきを深めることが出来るわけではありません。そこはコーチングのように、他人に話を聞いてもらい、適切な質問を受けながら自分の考えを言葉にすることでより効果的に経験を深めていくことが必要になります。
1on1ミーティングを行う場合はまずこの目的をしっかりと意識することが重要です。上司が先取りして「その経験から何を学べるのか」とか「○○に対する提案はこうした方がいいのではないか」などを助言する場ではなく、あくまで部下に「考えさせて自分なりに言語化させる」という場なのです。
さて、皆さんは1on1の面談でどのくらい相手の話を聞いていますか?言い換えると、何割くらい自分自身が話しているでしょうか。上記の1on1ミーティングの目的を考えると、イメージとしては8割程度相手に話してもらう必要があります。もし可能であれば一度自分自身の面談を録音して、自分が話している時間の長さを計ってみましょう。予想以上に自分が主導的に話していることに気が付くかもしれません。
そもそも私たちは「自分がどう話すか」「今日は何を話そうか」とはよく考える一方で、「自分がどう聞き出すか」「今日は何を聞こうか」とはあまり考えません。顧客面談を行う場合でも、今日話す内容やどう話せば聞いてもらえるか、は考えるのに、聞き出す内容や、ましてどうしたらうまく聞き出せるのかということをしっかり考えている人は少ないのです。
こうした「聞き出すこと」に注意を向けることには副次的な効果もあります。部下についてよく知ることにつながるのです。部下の話はよく聞いているよ、あるいはコミュニケーションを重視しているよ、という方は多くいるものの、では本当に部下の情報についてしっかりと知っているか、あるいは「すべての部下について」同じような深さで情報を持っているか、といわれるとどうでしょうか。好きな部下だけの話を聞いているなど偏りがあったり、仕事面はよく知っていてもプライベートの趣味などは全く知らないということが多いのではないかと思います。この1on1ミーティングは定期的に全ての部下と面談すること、そして部下の話を中心に聞くことから、自分が思いのほか部下について無知であったことに気が付きます。「この人はこんなことを考えていたのか」という気づきもまた、マネジメントには重要な要素になるはずです。
3.「傾聴」の本当の意味 ~安全な空間を作り、自分を客観視させる
冒頭のケースに戻りましょう。このケースの場合、何が起こっていたのでしょうか。
よくあるパターンとしては、「例のプロジェクトの件でご相談が・・・」というのはこの部下にとって前振りに過ぎず、本当に話したいことは別にあったというケースです。上司はついつい、「どうやったらこのプロジェクトがうまくいくか」というアドバイスをしがちなわけですが、この部下が本当は「私はこの仕事に向いていないかもしれない」ということを相談したかったとしたらどうでしょう?部下としては「また本当に相談したいことを話す前に、好きなことばかり話されてこちらの話を聞いてもらえなかった」と思うのではないでしょうか。
ここで注意したいことは、上司は相手の話を聞いていないわけでもないし、内容も完全に理解しているということです。よく「傾聴してください」ということを言われますが、この上司はきちんと相手の話を聞いていると言えるでしょう。では何ができていなかったかと言えば、それは相手の「感情を聞くこと」です。相手が話している内容だけではなく、それを通じて何を訴えたいのか、話し方や仕草、声のトーン、張り具合なども含めて総合的に観察し、相手が見ている風景を見、相手が感じている同じことを感じることが傾聴の意味合いです。そのためには全神経を集中して相手の今の視点や感じ方を理解しようとしなければいけません。
ここで「理解」というのは、必ずしも「共感」を意味しているわけではありません。もちろん相手との距離感を縮めるために一定程度共感することは必要かもしれませんが、あまりに共感してしまうと、今度は冷静に相手の状況を「理解」することが難しくなってしまいます。多くの場合、共感しているのは自分の過去の経験に結び付けてシンパシーを持っているだけで、相手のシチュエーションとは全く違うことも多いものです。共感ではなく理解したい、というのも重要なポイントです。
その理解を確実にしていき、相手に「この人は自分と向き合ってくれている」と思ってもらう重要な方法が「言い換え」です。「さっき○○って言っていたけど、それはこういうことかな?」と自分なりの言葉で言い換えてみるということです。よく「オウム返し」という手法も紹介されますが、単に相手の言葉を繰り返すだけでは逆に聞いてもらえていないという印象を与える場合もありますので注意しましょう。この言い換えは、あくまで相手の言葉を自分はこう捉えたけど正しく理解しているか?というメッセージなので、間違えても問題ありません。「違います」と言われれば、「ではこういうことかな?」と別の理解に修正するだけです。
こういうことを繰り返していくと、とても面白い現象が起こってきます。相手は「この場ではしっかりと自分のことを聞いてもらえる」「理解しようとしてもらえる」と思えて、初めて視点が自分の内面に向いていきます。相手に理解してもらおうとする努力が不要になったとき、人は初めて自分自身に向き合い、自分の言葉を客観的に捉え直すことができるようになるのです。例えばバーでバーテンダーに対して「うちの上司は何もわかっていない」と愚痴をこぼしていた人が、話しを聞いてもらっているうちに、「まあ、僕にも悪いとことはあるんだけどさ・・・」などと言い始めるケースはよくあります。これは話しを聞いてもらっているうちに、自分で自分の内省をし、自分を客観視できるようになっているということです。これも過去を振り返り、そこから気づきを得て次につなげていくということですが、バーテンダーが何か具体的な処世術をアドバイスしているわけではありません。時には同調し、時には沈黙を保ちながら、相手に自分自身について考える時間と空間を与えているのです。
真の傾聴というものはこのバーテンダーのようなものです。何を言っても大丈夫だ、自分を理解しようとしてくれている、という「安全な空間」を提供し、相手と同じ風景を眺めていくこと、それによって相手が自然と自分自身を客観視してしまう、ある意味で鏡のような役割を演じること、これが傾聴という風に考えると大分イメージが変わるのではないかと思います。
4.1on1の波及効果 ~よりクリエイティブな組織へ
こうして1on1ミーティングがうまく回り始めると、上司がまず部下のことを良く理解できるようになります。そして当然ながら部下も自分の言いたいことが言える組織だと思えるようになり、1on1ミーティング以外の場、例えば会議や普段の雑談の中でも「自分はこうしたいと思っている」という意見を言えるようになっていきます。これは1on1ミーティングの重要な波及効果で、単純に経験学習を深めるというだけに留まらないと考えるべきです。
また、この1on1ミーティングは組織全体で行うもの、上司はその上の上司と1on1ミーティングを行い、そこからも学びを得ます。組織風土として相手の話を聞く、相手を理解することが根付いてきたとき、本当の意味で「あなたはどう思いますか?」というやり取りに意味が生まれてきます。結局上司が決めたことに従うしかないのだから、上司がどう考えるかを先取りしておこう、というものは自分で考えることを放棄してしまっています。そうではなく、自分はこう思うのだけれど、やはり他の人の意見も聞きたい、では上司はどう考えのだろう、という主体的な姿勢があって初めて、「あなたはどう思いますか?」というやり取りには意味が出てきます。そこで人は、多くの新しい可能性に出会い、自分の幅を広げ、新しい夢や情熱を持つことが出来るでしょう。そのように考えれば単に「風通しが良い組織」以上の創発的な組織になっていくのではないでしょうか。
5.おわりに
1on1ミーティングは導入時にはとにかく不人気な施策になりがちです。忙しい中、そんなことをしている時間はない、という現場マネージャーの方も多いものです。しかし一方で、きちんと趣旨を理解してやっていけば、最初は強制的であったとしても、次第と「これには意味がある」と思えるようになっていきます。また、傾聴についても「話をよく聞くこと」という程度にしか捉えられていませんが、実際はもっと奥の深いものです。
是非今回の学びを踏まえて部下とのコミュニケーションを意識してみてください。自分が変われば相手も変わる、その良い実践例となるでしょう。