高度人材の世界的競争の潮流 と日本の現状と課題
1.はじめに
近年、世界各国で高度人材に対するビザ発行の要件緩和が続いています。
あまり日本ではその類の話題はありませんが、世界中で今、優秀な人材をいかに獲得するのかという競争が発生しているのです。
日本企業もいかに優秀な人材を世界から集められるのかは喫緊の課題で、人口減少の時代に世界から才能を集めなければ競争力を失っていくのは当然です。
さて、今回は今の世界的な人材獲得競争の取り組みを見ながら、日本の現状を考えていきましょう。
2.各国の「新ビザ」開発競争 ~世界から才能を集めろ!
「このグローバルな人材獲得競争において、シンガポールには他国に後れを取る余裕がない」
(In this global contest for talent, Singapore cannot afford to be creamed off, or left behind.)
これは昨年、シンガポールのリーシェンロン首相がナショナルデーでの演説で話した言葉です(2022年8月21日)。リーシェンロン首相はドイツやイギリスの人材獲得戦略に触れ、2023年1月から月収3万SGD(約300万円)以上を条件に、エリートビザを導入することを決定しています。このビザにより通常より長い5年間の滞在が認められます。
イギリスの人材獲得戦略というのは、ハイランク大学の卒業者を対象に2〜3年の居住許可が与えられるという制度で「High Potential Individual visa route(ハイポテンシャル・インディビジュアル・ビザ・ルート」といいます(2022年5月末から開始)。世界トップクラスの大学卒業者に対して、現地企業の雇用契約なしで2〜3年の居住許可が与えられるというもので、労働環境が決まっていない人材へのビザ発行は世界でも珍しいと言えるでしょう。イギリスは「2035年までに英国を世界的なイノベーションのハブとする」と宣言しており、その一環として新ビザを開発したということです。
ドイツはどうかというと、もともとEU域外の外国人を対象とした「大卒以上の高度人材」受入促進策である「ブルーカード」という制度がありましたが、2022年9月には新しいポイント制度である「チャンスカード」構想を発表しています。これは以下の4要件*のうち3つを満たした人材に対し、ドイツへの入国と求職手続きが大幅に簡素化されるという内容です。
【4要件】
・大学の学位または専門職業資格
・3年以上の実務経験
・B1レベルのドイツ語能力(もしくはドイツでの過去の居住経験)
・35歳未満
その他、オランダにも英国と似た制度があり、2016年3月に発効された「オリエンテーション・イヤー・レジデンス・パーミット」は、世界の大学ランキングで200位以内の大学卒業者に1年間の居住許可が与えられます。また、タイでは2022年9月、電気自動車や医療など重要分野に高度人材を求め、期間10年の長期ビザを導入しています。
さて、このように世界中で人材の獲得競争が激化しています。
世界の競争はイノベーションの創出が中心となり、コロナのメッセンジャーRNAワクチンやイーロン・マスクのテスラなど、その開発自体が国力を左右すると言っても過言ではありません。モデルナのワクチンを作ったのはトルコ系移民2世であるウール・シャヒン氏とテュレジ氏夫妻、テスラのイーロン・マスクも南アフリカ出身です。どのように外国人の力を活かしていくかというのは国の競争力そのものかもしれません。
3.日本の高度人材受入状況とは
日本においては、2012年から高度外国人材に対してポイント制による優遇措置が設けられており、その後は年々受け入れ人数も増加しています。
2012年当初の高度人材の受け入れは年間313人と微々たるものでしたが、2021年では15,735名がこの資格で滞在しているようです。国籍で言えば1万人以上が中国国籍、その後はインド、韓国、米国と続きますが、全て1,000人以下で大差ありません。
(出典:出入国在留管理庁「国籍・地域別高度外国人材の在留者数の推移」)
日本の優遇制度では、学術研究活動、専門・技術活動、経営・管理活動の3類型を設定しており、それぞれ「学歴」「職歴」「年収」といった項目ごとにポイントを設け、合計70点以上の外国人材を「高度外国人材」と認定して優遇措置を設けています。
但し、学歴と言っても「博士号」なら30ポイント、「修士号」なら20ポイント、職歴についても10年以上なら20ポイントといった風に、その内容を問うものではなく、今の人材獲得競争のような「世界の優秀人材を採用する」といった目的に照らして不十分さは否めません。いかにして実質的な高度人材を世界から集めるか、今後の大きな課題となるでしょう。
また、別途日本では「特定技能在留外国人」という人材が存在します。こちらは国内で人材確保が困難な状況にある産業分野(12分野*)において、一定の専門性・技能を有する外国人を受け入れることを目的としており、高度人材とは似て非なる制度となっています。
* 12分野:介護、ビルクリーニング、素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業
そして足元ではこちらの特定技能在留外国人の方に注目が集まっており、2022年6月末で87,471人の滞在が認められています。国籍は圧倒的にベトナムからが多く(52,748人)、その後インドネシア、フィリピン、中国と続きますが、どれも1万人以下となっています(特定技能1号のみ)。
4.世界中から人材を集めるには
企業も国も、今の時代にいかに優秀な人材に来てもらうかは極めて重要な課題と言えます。少子高齢化も進む中、国内の自国民だけでグローバル競争に勝てる時代ではありません。
思えば新ビザを発行しているシンガポールや世界的に有名企業を輩出しているスイス、またアメリカやドイツといった大国も移民の力を活かして競争力を高めています。優秀な人材に対しては完全に売り手市場ですから、「入れてやる」ではなく「来てもらう」という方が正しく、まずは環境整備から進めていかなくてはなりません。
企業においても、例えばグローバル展開をしようと思えば、世界中から優秀な人材を集めなければいけません。一方で今の自社の制度は日本人中心の仕組みになっていないでしょうか。経営陣の国籍はどうか、管理職の国籍や性別はどうか、出世に差別はないか、どこの国で採用されても平等に評価されるのか、多くの問題があるはずです。もし日本人しか出世しないような制度の会社であれば、そのような会社に優秀な外国人材が入るはずもなく、結果として競争力は劣後していくでしょう。
繰り返しになりますが、世界中で人材獲得競争が繰り広げられているという現実を目の当たりにしたとき、日本はどこまで危機感があるのでしょうか。現場の人材が足りない、というのと同時に、イノベーションを生み出す人材の獲得競争に真剣に向き合っているか、改めて考えてみたいところです。
5.さいごに
今回は他国の高度人材獲得に向けたビザ発行を皮切りに、世界における人材獲得競争に目を向けました。極端な話、自国にイーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグが来て事業を起こしてくれれば勝ちという世界でもあるのです。
しかしそのためには単にビザ発給という制度だけではなく、税制や起業家支援、社会の受け入れ態勢など総合的、複合的な仕組みづくりが不可欠です。まずは健全な危機感を醸成しながら、世界の人材にとっての日本の魅力について考えてみることが重要です。