心理的安全性の破壊力 ~イノベーションを起こすチームを作れ!
1.はじめに
心理的安全性という言葉を聞いたことはあるでしょうか?
もともとは、組織やチームの中で率直な意見を気兼ねなく言えること、という意味合いですが、より広く「ありのままの自分で振る舞っても受け入れてもらえること」と考えても良いでしょう。この心理的安全性の重要性が最近大きく取り上げられています。
そもそも心理的安全性はなぜ広まったのか?
どのような効果・メリットがあるのか?
それは今の組織の在り方にどのような示唆を投げかけているのか?
今回は最近のトレンドでもある心理的安全性について考えていきましょう。
2.心理的に安全な組織って何だ!?
「男は敷居を跨げば七人の敵あり」ということわざもあるように、私たちは基本的に緊張の中で、自己防衛を意識しながら生きているものです。会社の中でも、あえてリスクを冒して「ちょっと先ほどの説明がよくわからなかったので、もう一度説明していただいてよろしいですか?」などと言うことはあまりありません。いや、部下相手にならよくあるよ、という方でも、上司に対してはどうでしょう。やはりなかなか難しいかもしれません。
心理的安全性という言葉を提唱したのは ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンという女性研究者です。彼女は人と人が集まってチームを作り、学習を繰り返しながら成果を上げていくこと、これを「チーミング」と呼び、そのチーミングがうまく機能する条件の一つとして心理的安全性を挙げています。「心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、とチームメンバーに共有される信念のこと」だとされています。
例えば2003年に起きたスペース・シャトル「コロンビア号」の爆発事故をみてみましょう。NASAのエンジニアは機体の損傷について知りながらも、マネジメント・チームの議長が安全性を強硬に主張したため発言を控えてしまいます。
「僕にはそんなこと((強硬に主張すること)はできない。…僕は下っ端だ。…ハム議長は雲の上の人だ」
結果として、爆発事故という最悪の事態を招いてしまいます。
同様の話は皆さんの会社でもいくらでも見ることができるでしょう。私たちは基本的な自己防衛本能の中で、わざわざ対人関係にリスクを負ってまで何かを発言しようとはしないものです。エドモンドソン教授はその心理状態を4つのパターンに分類しています。
- 「無知」だと思われたくない ・・・ 必要なことを質問せず、相談しない
- 「無能」だと思われたくない ・・・ ミスを隠したり、自分の考えを言わない
- 「邪魔」だと思われたくない ・・・ 必要でも助けを求めず、不十分な仕事でも妥協する
- 「否定的」だと思われたくない ・・・ 率直に意見を言わない
しかしこうした自己防衛の中での妥協がもたらす非効率性はコロンビア号の事件を待つまでもなく甚大なものです。Googleの調査によれば、心理的安全性の高いチームは離職率が低く、収益性も高くなることが分かっています(プロジェクト・アリストテレス)。
3.心理的安全性を作り出すための心得
(1)過去の成功体験に固執しない
それでは心理的安全性をどう確保し、みんなに自由闊達な発言を促すことができるのでしょうか。何か事故が起きてから、問題が起きてから振り返って反省することは簡単ですが、前もってそれを実現することはなかなか難しいものです。
郷に入っては郷に従え、という言葉があったり、「このチームに入ってもらった以上、ここのやり方に従ってもらう」的な発言はどこの組織にも見られるものです。「昔からこうやってきたんだ」「自分たちはこれで勝ってきたんだ」という過去の成功体験は、その組織の文化を作り、社風を生み出します。それは重要な経営資源であると同時に、「こうあるべき」という強い外的プレッシャーはメンバーの自由な発言を抑制してしまうでしょう。
もはや世界の変化は激しく、過去の成功体験が通用することはどんどん少なくなっています。そんな世界において、自分たちの成功体験だけに固執してしまっては新しいイノベーションを起こしていける確率は低くなってしまうでしょう。多様な背景を持つメンバーが集まり、それぞれメンバーが過去の経験にとらわれずに活躍できるからこそ新しい成果が生まれるのです。ここでは新入社員であってもベテラン社員であっても、また外国籍の社員であっても、同じようにチームメンバーとしての活躍を期待されます。
(2)創造的で高い目標を共有する
最初の方で、心理的安全性は「チーミング」がうまく機能するための条件の一つだという話しがありました。
そもそもこの「チーム」とは一体何でしょうか。
「チームという概念それ自体が、80年以降に職場で最も広まったイノベーションの一つだ」といったのはマサチューセッツ工科大学のオスターマン教授ですが、チームというと「組織」よりも個人の比重が大きく、ある目的を達成するために(一時的に)集まった個人の集団というイメージが湧いてきます。そこでは上司・部下という権限でつながるというよりは、それぞれに果たすべき役割があり、同じ目標を共有することでつながっているというニュアンスがあるでしょう。目標が達成されれば解散され、また別の目的のチームを作ることになっていきます。
そして、Googleなどでも見られるように、心理的安全性が求められるチームというのは、よりクリエイティブ(創造的)で、より難しいテーマにチャレンジする集団なのです。そこには一人の知恵だけでは解決が難しい問題があり、チーム全員の英知や集中力を動員する必要があるでしょう。「このやり方に従え」ではなく、「どんなやり方でもよいので、アイデアがあったらどんどん言ってほしい」ということです。リーダーによってうまく心理的安全性が確保されたチームは、それぞれがスリリングな目標に対して焦点を合わせ、緊張感とリラックスが同居する「ゾーン状態」に入っていきます。心理的安全性というとどうしても「気楽な職場」といった誤解が生まれがちですが、実際はより要求水準が高いチームだということができるでしょう。
創造的で高い目標に向かって走っていくチーム、そこでは必然的に全員の力を最大限活用しなければならず、心理的安全性を確保しなければ成果を上げることが出来ません。逆に言えば、そういう目標を掲げないのであれば、心理的安全性を生み出す必要もあまりなく、そのための努力もしないと考えた方が良いでしょう。
(3)リーダーが環境づくりの努力をする
言うまでもないことですが、心理的安全性は自然には生まれません。私たちには自己防衛本能があるわけで、初めから好き勝手に話せる人ばかりではありません。やはりそこにはチームのリーダーによる環境づくりの努力が必要になります。
ではどのような点に注意すればよいのでしょうか。株式会社ZENTechの石井遼介は著書『心理的安全性のつくりかた』の中で、日本版「チームの心理的安全性」として4つの因子を提唱しています。
1. 話しやすさ(何を言っても大丈夫)
2. 助け合い(困ったときは助け合える)
3. 挑戦(とりあえずやってみる)
4. 新奇歓迎(変わったことでも、とりあえず歓迎する)
これらの要素がある場合、日本でも心理的安全性が高まっていくということです。但し、話しやすいチームにすると言っても、単に「何でも言ってね」というだけでは、慎重な私たちは積極的に話をしようとは思わないでしょう。メンバーが話をしてみるためのきっかけ作りが重要です。例えば、会議では必ず全員が発言する、しかも若手から発言する機会が与えられるというルールを作れば、少なくとも上司の意見に引っ張られて自分の意見を変えるという確率は小さくなるでしょう。そしてそこで出てきた意見に対して、なるべくポジティブなフィードバックを与えていくことです。
人間は行動を起こした後の「結果」によって、その後の行動を大きく変えるものです。もし発言して良い評価をもらえれば次も発言しようと思うでしょうし、もし無視されれば、どうせ無視されるなら初めから発言しないでおこうと思うでしょう。そういった人間の行動原理を押さえながら、意識的に上の4つの因子に関して多くのきっかけ作りと良いフィードバックを与えていける仕組みづくりを行っていきましょう。
4.さいごに ~イノベーションこそが問題だ
今の時代、一つのイノベーションが世界を変えていきます。グーグルにせよ、フェイスブックにせよ、テスラモーターズにせよ、突出した個人が活躍しているのが実態でしょう。しかし、そうした個人でなくとも、チームでイノベーションを生み出せないか、そしてそういうチームには何が必要なのか、その一つの条件が「心理的安全性」なのです。
心理的安全性を作ろうというリーダーの皆さんには、ぜひ単に「話やすい雰囲気の方がいいよね」というレベルではなく、「このチームで会社を変えてやるんだ」「このチームからイノベーションを生み出すんだ」というような高い目標を打ち出してほしいと思います。そのためのチーム作りであり、そのためにこそ心理的安全性が求められていくのです。
新しい時代、組織やチームのあり方も変わっていきます。是非チャレンジしてほしいと思います。