コラム

「知識と経験」の再定義 ~ジョブ型への移行の中で

1.はじめに

身に付けなければいけないことは山ほどある…

デジタル化が進み、グローバル社会の中で生きていかなければならなくなった現在、私たちが学ばなければいけないことは飛躍的に増えています。戦後しばらくは高校生レベルの知識でどういった職種でも働けたかもしれませんが、今は実際、大学院レベルの知識が求められているのかもしれません。

今回のテーマは「知識と経験」です。

なるべく早い段階で何をどう学んでいくべきなのか、大まかな指針を持っておくのとそうでないのでは成長スピードが大きく違ってくるでしょう。もはやクイズ番組のような知識だけ知っている人間では評価されません。一方で、変化が激しく過去の成功体験がむしろ邪魔になってしまう今、経験値だけあっても評価されづらいともいえます。

ではどうするのか?今回はそこを考えていきましょう。

2.知ればいいこと、経験しないと分からないこと

まず重要なことは、知識として学べば理解できることと、経験しないと分からないことがあるということです。

知識面について、業務知識は当然として、財務会計やファイナンス、戦略論、マーケティングなどの一般的な知識は早い段階で仕入れておくと良いでしょう。企業価値の算定方法などもファイナンスの教科書で学べば概要は分かります。

一方、例えば企業価値の算定(バリュエーション)が一通りできるからと言って、ではベンチャー企業の資金調達ができますか、といわれると難しいものになるでしょう。あるいは上場手続き(IPO)や株主総会の運営はどんなもので、どのような難しさがあるのでしょうか、と言われると経験していないと答えることは困難です。M&Aにおいて買収価格の算定はできても、では実際に買収交渉にどのように入ればよいのか、そういうものは経験しなければイメージも湧かないでしょうし、腹落ちさせるのが難しい領域です。これからの時代、より専門化が進み、こういった個別領域の経験値(経験知)が求められていくことになるでしょう。

この2つ、知識と経験と呼ぶとして、これらは共に必要なものです。知識があることで経験が体系化され、理解が深まりますし、経験があることで教科書の中だけであった知識が血肉化していくこともあるでしょう。大事なことはこの2つを両方意識し、どの段階でどういった知識と経験を身に付けるべきなのかを予め考えておくことです。単純な例として、何かを「決断する」という決断経験も、実際にやってみないと分からないことの一つでしょう。ではどの年次の段階でどのような決断経験を持つのか(持たせるのか)、これは個々人の成長にとって重大な問題です。

こういった観点を「知識・見識・胆識」として整理することもあります。

知識は単純に教科書的な理解、そこに経験が加わり血肉化し、判断ができるようになることを見識と言い、実際に実践・行動していく勇気を持つことを胆識というということです。これは色々な言い方があり、企業によっては見識を体識といったりしますが、言わんとすることは同じでしょう。知識と経験両面の重要性と計画的な獲得が必要です。

3.座学と実践をつなげ、そして独自の洞察に至る

OJT中心で座学の学びが少ないことの弊害は、「私はこれをやってきた」と経験だけの人間になってしまうことです。一方、座学だけでよいわけがないのも当然でしょう。実際、最初に本で学んだときには読んだつもりでも読めていないもので、経験を積んでから再度同じ本を読んだとき、「ここに書いてあった」「ここにも書いてある」などと目から鱗が落ちる経験をするものです。その過程において、更に理論的な理解が深まっていくことになり、知識と経験の両方のレベルが上がっていきます。

星野リゾートの星野社長は経営戦略を教科書通り実践することで有名です。「教科書に書いてあることは正しい」と断言されており、自社の経営においても「根拠となる基準と理論があれば、ぶれがなくなる」といわれています。我流でやってしまうと「自分の判断は正しかったのだろうか」と疑心暗鬼になることもあるでしょうが、数百社の研究を踏まえての結論が背景にあるのであれば、ある程度の確信をもって長期的に取組むこともできるということでしょう(中沢康彦『星野リゾートの教科書』)。


ただ、一部の経営者においては教科書をつまみ食いしてしまい、自社に都合のよいように解釈して取り入れ、そして失敗するケースもあります。理論を実践するときは、その前提条件まで理解し、全てを正しく実践する必要があるのであり、中途半端に導入しても理論通りの結果には結びつきません。座学を実践知につなげていくのも、決断力と実行力が必要だということが分かります。

そうして座学での学び、知識をベースにした実践を行っていく中で、自社や自業界に即した応用がなされていくことになります。例えば財務において、運転資金は少なくするのが定石です。在庫を減らし、売掛金は早く回収すること、買掛金はなるべく支払いを遅くすることでキャッシュポジションは改善します。一方、現実の事例を見れば、手元キャッシュに余裕があるケースにおいて、あえて取引条件を自社に不利に設定することによって単価を上げたり、仕入原価を下げるケースも存在します(結果的に利益率が大きく向上します)。定石を押さえたうえで「守破離」としてその時々のケースにより柔軟に対応していくこと、それが事業観の深まりというものです。

上記は経営者レベルの話ではありますが、これは私たち個々人においても同じことです。いかに理論的知識と経験値の両面のレベルを上げ、そのどちらも柔軟にブラッシュアップ・バージョンアップしていくこと、理論も経験も絶対視することなく、現実に即してキビキビと対応していくことが大切です。

4.ジョブ型への移行の中で

昨今、日本のメンバーシップ型の働き方からジョブ型に移行しようという機運が高まっています。メンバーシップ型は旧来の日本的雇用であり、総合職であれば2~3年ごとに部署を転々としながら全社的な知識・経験を積んでいきます。その過程で(社内)人脈も広がり、まさに「総合」職として活躍していくことになります。

一方、ジョブ型では最初にジョブ(業務)が定義され、そこに適切な人材を配置していくことになります。基本的にはそのジョブに特化した専門家を置き、成果(責任)と報酬も明確にしながら運営をしていくことになります。

ここにおいて、人材育成における「知識と経験」という意味では、メンバーシップ型とジョブ型に求められる「知識と経験」の広さと深さは大きく異なるものになるはずです。メンバーシップ型は、広く浅く経験していくので、大まかな知識はあっても経験はそれほどでもない、ということになり、その代わり全体感が養われていくことになります。ジョブ型は一つの領域に特化していくプロフェッショナルを育てていく形になるので、狭く深く、ある領域においては深い経験値まで求められることになるでしょう。

日本ではまだまだ「ジョブ型」といっても過渡期であり、本当の意味でその業務に特化する(逆に言えばそれ以外はしなくてもよい)ということには至ってない事がほとんどです。ただ、グローバル化が進む中、世界から良い人材を獲得していくためにはジョブ型的な雇用を進めていかねばならないのも事実で、その中で日本の社員も戦っていかねばなりません。メンバーシップ型からジョブ型への移行というものは、人材育成においても個人の自己啓発においても、どのような「知識と経験」を身に付けるべきか、改めて考えを促すことになるでしょう。

5.さいごに

ビジネスの競争領域がどんどん高度になっていく現代において、私たちが身に付けなければいけないものは膨大です。だからこそ体系的な人材育成方針が必要ですし、個人も自分でキャリアを積み上げていかねばなりません。今回のコラムではそのため、知識と経験の違いと相互作用、そしてそれらを踏まえてジョブ型への移行のもつ示唆を考えてきました。

さて、皆さんは普段どのくらい知識を獲得し、新しい経験に挑戦し、それらを踏まえて未来について考えていますか?

自分自身の目指す姿をしっかり見据え、自分を磨いていきましょう。

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