ラテラルシンキングの現代的意味 ~変化の速い時代の価値創造
1.はじめに ~硬いアタマを柔らかく、が会社を救う
「13個のオレンジを3人の子供に公平に分けるにはどうすればいいでしょう?」
これは、ラテラルシンキング(水平的思考法)の有名な問題の一つです。
さて、突然なぜこんな話題を、ということですが、今回は思考法について考えてみます。
成熟化が進む現代においては、より柔軟に、より楽しくビジネスを行っていけるような自由さや遊びがほしいものですが、なかなか日常の作業に埋もれてしまうと窮屈な発想から抜け出すことが出来ません。
今回、そんな頭を柔らかくし、またそもそもの事業領域の見直しにまで 広げていくことができる「ラテラルシンキング」の捉え方と、 ビジネス展開を事例にヒントをお伝えします。
2.ラテラルシンキング(水平的思考)とは何か
ラテラルシンキング(Lateral thinking)のルーツは意外と古く、もともとマルタの医師であったエドワード・デボノが1967年頃に提唱した考え方だと言われています。彼は従来の分析的・論理的な思考方法を「垂直的な思考」(Vertical thinking)と呼んで、ロジックを通して考えるにはよいが、新しい発想は生まれにくいと考えました。
いわゆるロジカルシンキングは、例えば三段論法のようなものです。「悪いやつを退治したら褒められる」「桃太郎は悪い鬼を退治した」だから、「桃太郎は褒められる」、ということで、非常に論理的です。ただ、前提条件をベースにして、そこからいかに論理的に話を展開するかに重きがあるので、前提を疑うということは少し苦手です。今回の場合であれば、「悪いやつは必ず退治しなくてはいけないの?」とは「本当に悪いやつっているの?」とはあまり考えません。確かに桃太郎は鬼を退治しなくても、鬼ヶ島と人間社会の間に壁を作ってもよかったかもしれませんし、よく話し合って鬼が何に困っているのかを聞いてあげてもよかったかもしれません。現実問題として、単純に鬼を退治してしまったら、鬼側からすれば「お父さん鬼は桃太郎という悪いやつに倒されてしまいました」と憎しみの連鎖を生んでしまうかもしれないのです。上の例は芥川龍之介の『桃太郎』という短編小説を参考にしたものですが、同じことはアフガニスタンでもアゼルバイジャンでも起こっていることかもしれません。
話題をもとに戻しましょう。
要するに、論理思考はある前提を背景に、論理的に議論を展開する方法、一方でその前提条件を色々と変えてみて、その場合どういう結論になるのかを考えるのがラテラルシンキングということになります。ラテラルシンキングで色々なパターンを考え、それぞれをロジカルシンキングで深く推論していく、と考えると、お互い補完的であることが分かります。
さて、ここで冒頭のクイズを考えてみましょう。これは木村尚義『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』から引用したクイズですが、皆さんはどう答えましたか?
解答例1:4個ずつ分けて余った1個を3等分する
解答例2:はかりを使って同じ重量ずつ分配する
解答例3:ジュースにして分ける
解答例4:オレンジの種を植える(将来増えた分を均等割り)
この問題は「3人で分ける」というのがミソで、2人で分けるよりも格段に難しさがアップします(2人であれば、片方が半分に分けて、もう片方がどちらがいいか選べばいいでしょう)。上の解答例1と2はロジカルシンキング的ですが、解答例3と4はラテラルシンキング的です。「え、ジュースにしてよかったの?」とか「そんなに長い時間で考えてよかったの?」と思った人も多いのではないでしょうか。しかし、もし「100年間の間で、この13個のオレンジを3人の子供に公平に分けるにはどうすればいいでしょう?」と聞かれていたら容易に思いついたかもしれません。
他に回答はないでしょうか。
例えば、まず3人にオレンジが好きか嫌いか、何に使いたいかを確認するのもよいでしょう。嫌いな子には少なくて良いかもしれませんし、マーマレードを作りたいという子には皮を多くあげる方が良いかもしれません。他にもお友達を連れてくるのはどうでしょうか。あと9人連れてきて13人集まれば、一人1個ずつとスッキリするよね、ということもありえます。
答えは一つではないですし、現実的にどの解が一番満足度が高いのかも、ケースバイケースではないでしょうか。
3.前提を疑うって難しい
さて、ラテラルシンキングでは「前提を疑う」ということがとても大切です。
しかし、これは非常に難しい問題です。私たちは日々の業務で、決まった作業を繰り返す方が楽なのです。毎回前提を疑っていては仕事が進まないよね、といいながら、色々なパターンを考えることを避けていると言ってもよいでしょう。
前提を疑うことの難しさという意味で、一つ例題を出してみます。
「今日あなたは道端の自動販売機で水を買って飲みました。この、自動販売機で水が買えるための前提条件は何でしょうか」
さて、いかがでしょうか。
よくある回答は、飲料メーカーが水を作ってくれること、物流会社が運んでくれること、ペットボトルがあること、自動販売機メーカーがあること…といったところでしょうか。
他にも沢山あります。例えば、そもそも道路が無ければ運んでこれません。道路の敷設だけでもダメで、道路交通法が無ければスムーズに運べないかもしれません。買うためのお金はどのように流通しているのでしょうか。日本銀行券や硬貨に関する信用がなければ売買が成立しませんし、そこには商法や民法も関係します。
自動販売機を作る鉄はオーストラリアの鉄鉱石かもしれません。持ってくる船は誰が動かすのでしょうか。今日、水を買いにいけたということは自分が健康で元気だったということです。水を飲もうと思った気温にも影響されたかもしれません。
私たちは前提を深くさかのぼるということを普通あまり行いません。今回は「前提条件は何ですか」と聞かれているのでスムーズに沢山答えられた人もいるかもしれませんが、通常は表面的に、直接関係するところだけに目が行きがちで、それが発想の幅を狭くしています。そして、そのことがまた、自分の可能性、自社の可能性を狭くしているともいえるのです。
今の自分たちの商品やサービスが求められている前提って何だろう?
これを色々と考えるだけでも事業領域が大きく広がる可能性を持っています。
4.ラテラルシンキングのオススメ発想術
それでは、ここで発想を膨らませるためのポイントを2つほど紹介します。冒頭のオレンジの分配問題も参考に考えてみるとよいでしょう。
(1)時間軸を長くとってみる
まずは、その問題を巨視的に、長期的に見てみることです。よく孫正義さんが「300年後の世界はどうなっている?」と言うそうですが、オレンジも100年間で考えると見え方が変わりました。最近流行りのSDGsも、自社のビジネスを超長期的に捉えると見え方が変わるという良い例です。
同じようなことはもっと卑近な例でも考えられます。バルミューダという人気の家電メーカーがありますが、ここは非常にデザインがすぐれていることでも有名です。家電というものは使う際の機能に着目されがちですが、恐らく使うタイミングは1日の1%程度でしょう。ということは、1日全体で見たとき、あるいは長い目で見たときには「インテリア」としての価値が大きいかもしれず、消費者はそこも評価するかもしれません。そこでインテリアの美しさにも訴求したのがバルミューダであり、そういった発想で高単価にもかかわらず成長を続けています。
(2)そもそもの目的は何だったか考えてみる
次に、そもそもの目的を遡って考えてみるというのも非常に重要です。
例えばあるメーカーが売上が伸びるのに伴って、在庫30億円分の倉庫が必要になったとしましょう。そこで建設会社数社に見積もりを依頼しました。「30億円分の在庫が入る倉庫を提案してください」というわけです。しかし、よくよく経営的に考えてみれば、在庫(=運転資金)が30億円も増えること自体が良いわけではありません。そこで、ある建設会社は一社だけ、「在庫を圧縮できるようなサプライチェーンマネジメントができるシステムと、10億円分の在庫が入る倉庫」を合わせ技で提案しました。そうすれば、初期に数千万円のシステム投資が必要になったとしても、毎月20億円のキャッシュフローが生まれることになります。当然、発注したメーカーはその提案を受け入れることになりました。
引っ越し会社のアートコーポレーション(アート引越センター)は、単なる引っ越しだけでなく、水道などの公共料金の変更、段ボールの引き取り、あるいは家具の移動サービスなど、付随するオプションサービスを多く設けており、顧客満足度を上げています。これは自社の事業目的を「引っ越し」ではなく「顧客の生活の移転」だと考えているからです。生活基盤がきちんと移転されるためには何が必要か、と考えれば、単純にモノを運べばよいだけではないということです。
このように、ラテラルシンキングを参考に事業の前提を考えてみることで、自社のビジネスにイノベーションを起こしたり、新しいビジョン設定に至ることすらあります。ロジカルシンキングだけでなく、前提を色々と自由に考えることで発想を広げるラテラルシンキングの有効性を感じられるのではないでしょうか。
5.最後に ~自分で自分の発想を狭めない
よく海外の研修に行くと、「答えは1番、2番、3番のどれだと思う?」という講師の問いかけに対し、「4番目の選択肢があります!」とか「2番と3番の間!」という声が次々に上がることがあります。回答する人たちは、講師の選択肢などは置いておいて、自由に自分で考えているのです。
日本人は与えられた条件で、いかにうまくやるか、改善するかが得意だと言われますが、それだけでは競争に勝つことも、大きなイノベーションを起こしていくことも難しいように思います。私たちも、アタマを柔らかくして、「4番!」という提案を社会にしていけるようになれば、もっとワクワクする世界にしていけるのではないでしょうか。