人に学ぶ ~仕事の師、趣味の師、人生の師
1.はじめに
成功体験が通用しない時代―――。そういわれて久しいですが、それでも私たちは人に学び、成長するものです。たとえそれが反面教師であったとしても、出会った人たちを基準として人格を形成し、自分なりの世界観を築き上げていきます。
「あの人のようになりたい」と思える人が存在することは幸せだと思いますが、そこまででなくとも「人に学ぶこと」、これが成長の大きな秘訣であることは言うまでもありません。
今回は、改めて人に学ぶということについて考えていきましょう。
2.人物に学ぶ ~仕事の師だけでなく、生き方の師を見つける
皆さんは、人に学ぶということを意識的に行っているでしょうか。
一流の人に会いに行くこと、その業界のトッププレイヤーの話を聞くこと、そういうことは若手でなくとも大いに刺激を受けるものです。自分が頑張っていると思っている水準が井の中の蛙であることを知ったり、そんな世界があるのかと目を見開かさせる思いをすることもあるでしょう。
身近に、あるいは今の時代にそういう人がいないとしても、歴史の中の人物に学ぶということも可能です。面識のない人に対して著作などを通じて師と仰ぎ、その言動を模範として学ぶことを「私淑(ししゅく)する」と言いますが、そういった気持ちも尊いものです。
人に学ぶと言っても、一概に仕事だけの話ではありません。仕事の師もいれば、趣味の師も、また人生の師と呼べる方もいるでしょう。仕事を通じて、実は生き方について教えてもらっていたのだと後になって気づくこともあるかもしれません。
中世ドイツのキリスト教神学者であるマイスター・エックハルトは「一人の人生の師は、千人の読書の師よりも素晴らしい」(Ein Lebemeister ist besser denn tausend Lesemeister.)と言っていますが、単純な勉強や仕事の先生というのは見つけやすいものです。ただ、本当に自分が人生の壁にぶつかったとき、示唆を与えてくれる先生というのは見つけづらいものです。それは相手だけの問題ではなく、自分自身の受け入れる姿勢の問題もあるでしょう。「自分はなんでも自分で正しく判断できる」というのは、時には傲慢さとして自分の首を絞めることになってしまいます。Googleの元CEOであるエリック・シュミットが書いた『1兆ドルコーチ』には彼のコーチであったビル・キャンベルについて興味深い話が載っています。以下は、共同著者であるジョナサン(その後Googleの上級副社長)が初めてビル・キャンベルに会ったときのシーンです。ジョナサンがGoogleに入社するときの最終面接の場面でした。
「私が知りたいのはただ一つ。君はコーチングを受け入れられるか?」ジョナサンは反射的に、そしてまずいことにこう答えた。
「コーチによりますね」
まちがった答えだ。
「利口ぶるやつはコーチできない」ビルはぴしゃりと言った。
彼が面接をおしまいにして、立ち上がって出ていこうとしたその瞬間、ジョナサンはエリック・シュミットが誰かにコーチングを受けているらしいという話を思い出した。まずい、 これがそのお方にちがいない。ジョナサンはお利口モードから平身低頭モードにすばやく切り替え、さっきの答え(答えにもなっていなかったが)を撤回し、どうか面接を続けてくださいと懇願した。(中略)
すぐれたリーダーは時間をかけて成長する、そしてそのリーダーシップをつくりあげるのはチームだとビルは信じていた。リーダーにふさわしいのは好奇心旺盛で、新しいことを学ぶ意欲にあふれた人物だ。利口ぶった傲慢な野郎は願い下げだ。
(『1兆ドルコーチ』)
誰かに教えを受けようとすれば、そもそも受け入れる体制がないといけません。松下幸之助が「素直な心」といったものも、こういう姿勢と同じです。私たちは、思いのほか傲慢で利口ぶることが好きなものです。
さて、人生の師とまで大きなことを言わずとも、仕事以外の分野で尊敬できる人を持つことは大切です。世界には自分の知らない分野があり、自分が登っている山とは違う山を登る人がいて、そうした多様性の中に自分が生きているということは意外と忘れやすいものです。自分の世界だけの価値観で相手を判断したり、評価したりすることはないでしょうか。自分では相手よりも上のつもりでも、それはまさに井の中の蛙かもしれません。多くのコミュニティに属することで、色々な価値観を知り、自分の小ささも知り、それがまた自分を強くしていきます。
仕事の師、趣味の師、そして人生の師、そういった先達と出会うことは人生を豊かにしてくれるでしょう。
3.ロールモデルの示し方 ~押し付けてはいけない
人に学ぶといったとき、ロールモデルを提示することがあります。あの人みたいになりたい、と輝いて見える人、あるいは会社の方から「こういう人になってほしい」という人物像のことです。
ロールモデルは原則的に自分で見つけるもので、与えられるものではありません。ただ、期待値を込めて「こういう人もいるから君も頑張ってみないか」ということはあるでしょう。あくまで一般的な傾向として、男性は比較的キャリアが直線的で分かりやすく、そういったモデルを受け入れやすいと思います。一方、女性の場合は「そんなこといっても、今でも仕事と家事・育児の両立でいっぱいいっぱいなのに、もっと頑張るなんて考えられない」ということも多いでしょう。「あなたと同じ家庭環境の人でもあんな風にキャリアを築いているよ」といったところで、「あの人は子どもが3人ではなくて2人ですから」とか「あの人はご両親が近くに住んでいて協力的だから」など、自分は違うという理由を思い浮かべがちになります。
また、「君はお子さんもいるし、営業は難しいよね」と勝手に配慮をしたつもりで内勤にし、一方で気が付いたら営業の時以上に残業をさせていた、といった笑えない話もあります。個々人の事情も思いも違う以上、勝手な決めつけや偏見はとても危険です。営業で活躍したいと思っている女性に、内勤でのキャリアのロールモデルを提示したところで魅力的には感じません。
ロールモデルの提示は、あくまでその人の選択肢を広げるためのものです。あなたにもこうなってほしい、というよりも、各人の事情を踏まえたうえで、こんな輝き方もあるよ、ということです。そのうえで、周囲もサポートするからより高いポジションを目指してみないか、というポジティブな声かけを行いましょう。キャリアに挑戦したくないわけではなく、今の自分でできるだろうか、あるいは周囲に迷惑をかけたくない、など様々な心情があるものです。そういった不安を一つ一つ丁寧に取り除いていけば、自然と自分なりの活躍のパターンを見いだしていくでしょう。
4.観察力と実践力の大切さ
少し実践的な話をしましょう。
尊敬できる人がいるとして、「あの人は凄い」と言っているだけではその人のようになることはできません。その人の何が成果に結びついているのかをしっかりと観察して理解する力が必要になります。
会社の優秀な先輩がいたとして、その人は何時に出勤しているのでしょうか。あるいは出勤前はどのようなことをしているのでしょう。毎朝のルーティーンはあるのでしょうか。会議でのメモの取り方、商談に行く前の準備、行った後のフォローアップ、日々のあいさつの仕方・・・、学ぶべきものは山ほどあるのです。どのくらい観察できているか、そしてきちんと動作として再現可能な形で観察できているかが非常に重要です。
そして、実際にその人を観察した結果、そのことをとりあえずやってみるというフットワークの軽さが必要です。「これは自分に合わないかも」、「こんなことをして意味があるのかな」など、自分の中での言い訳はあると思いますが、それはあくまで「自分の常識」なのです。相手が圧倒的に自分よりも成功を収めているのであれば、自分の物差しで相手を測るべきではありません。とにかくやってみて、それで効果がなければやめればよいのです。
世の中の成功者と呼ばれる人たちは、概してそのノウハウについてオープンに語っています。例えば、そうした成功者の皆さんはメモ魔であることが多いのですが、成功の秘訣として「書く」ということを挙げられることが多いように思います。「書くこと」が成功の秘訣。とてもシンプルな話です。ただ、この話を聞いた殆どの人が「そんな簡単なことでそこまで成功するわけがない。別の秘訣があるに違いない」と思って、書くということをしないのです。そして、その結果として、成功しないということを繰り返します。先ほどの「素直な心」と通じる部分がありますが、素直に実践してみるという力はとても重要なものです。繰り返しになりますが、自分に合わないと思えばやめればよいのです。
5.おわりに
今回は「人に学ぶ」というテーマを広く考えてきました。人に学ぶことは、必ずしも知識やスキルだけではありません。むしろ、書物だけでは学べない考え方、スケール感、そして生き方そのものを学び取るものです。
そして人から学ぼうとする姿勢、その素直さが人生を豊かにしていきます。
皆さんも改めて、自分は人に学んでいるのか、学ぼうとしているのかということを見直してみてはいかがでしょうか。