組織文化を強くし更新する人材育成 ~常にみずみずしい組織であるために
1.はじめに
企業にはそれぞれ創業以来培ってきた「組織文化」があります。
意識的に培われているものもあれば、無意識的に前提とされているケースもあるでしょう。
この「組織文化」は私たち個人の価値観に似ているもので、強みにもなれば弱みにもなります。
文化を作り上げるのは構成員たる社員ですが、では社員の人材育成を通して「組織文化」を強みにしていくことはできるのでしょうか。
今回はこの組織文化に焦点を当てていきましょう。
2.経営資源としての「組織文化」
まず、「組織文化」とは何でしょうか。
簡単に言えば、その組織固有の価値観や考え方、組織の中で望まれる行動様式などを指します。企業文化やバリューとして明文化されているものもあれば、暗黙の前提として共有されているものもあります。ローコスト文化やイノベーション気質の文化など、組織文化はその会社固有の経営資源であり、競争力の源泉になりえるものです。
組織文化は多くの場合、創業の精神が形作ります。
ソニーは戦後すぐの1946年、約20名の会社「東京通信工業」としてスタートしましたが、会社設立の目的に「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」と書き込み、それが今日のソニーを作り上げたといっても良いでしょう。
京セラは稲森和夫氏が経営思想を「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」と掲げたときから成長し始めたともいえます。
三菱商事の社是は「三綱領」と呼ばれ、「所期奉公・処事光明・立業貿易」を知らない社員はいないでしょう。
これらはいずれも社員のアイデンティティとなり、誇りとなり、行動規範となり、会社の力を強くしていくものです。
組織文化のタイプをいくつか挙げてみましょう。
(1)保守的な文化、官僚体質
あまり良い意味で使われない「保守的」な文化ですが、保守的であるべき産業というものは存在します。例えば電力、ガス、石油、通信、金融といったインフラサービスについては何より安定供給が命題であり、いかに供給を途切れさせないかという点が重要になります。たしかに普段は保守的で変化を嫌う社風ですが、一旦災害などが発生したり、サービスが途切れるようなことになれば全力で復旧に尽力し、大いなる力を発揮するのもこの組織文化の特徴です。
(2)競争を重んじる文化
高い目標を掲げ、常に市場シェアを取りに行くような「競争」を軸にする会社もあります。例えば人材派遣や不動産の市場のように、差別化が比較的難しく、人海戦術における営業力がモノをいう場合がその典型です。また、戦略コンサルティングの会社は社員同士の競争を重視します。よく「Up or Out(昇進するか、辞めるか)」という言い方をしますが、それが「良い文化」として受け止められているのが特徴といえるでしょう。競争軸に注力するあまり、コンプライアンスを軽んじてしまう傾向にあるのが注意点です。
(3)イノベーションを重んじる文化
スタートアップなど、創造的であるべき企業は変化やスピード感を大切にします。革新的な製品やサービスを次々に出していく必要がありますから、社員の裁量が大きく、意思決定は早く、とにかくトライ&エラーを重視する文化と言えるでしょう。売上における新製品割合が高い会社や新規事業を生み出すのが得意な会社についても同様です。但し、ゼロからイチを生み出した後は売上の拡大フェーズに入り、どうしてもオペレーションが必要になってきますが、オペレーション面は不得意な会社が多いかもしれません。
(4)家族的文化
「社員は家族だ」というタイプの中小企業に多い組織文化です。お互いのコミュニケーションと自発的貢献(気配り、配慮)で組織を維持していくタイプですので、社員の裁量は大きい(任されている)一方で、あまり変化を好むことはありません。伝統的な長寿企業や旧来の日本企業には多いタイプといえ、変化の激しい競争的な環境では生き残り競争が難しいかもしれませんが、事業拡大せずに雇用を守っていくという点では強い力を発揮するでしょう。
さて、皆さんの会社はどのような組織文化を持ち、どのような強みがあるでしょうか。
3.組織文化が成長を阻害するとき ~「イズム」が可能性を狭めてしまう
組織文化というものは良い面ばかりではありません。強みにもなれば、時代に合わずに弱みになってしまうこともあるでしょう。また、もともとの創業者理念が形式化してしまい、悪い意味での排他主義になってしまうケースも存在します。
いくつか事例を挙げてみます。
上述の「イノベーションを重んじる文化」のある企業Aでは、もともと独自の創造的な社風で成長してきましたが、「他社に迎合しない」という価値観が強いだけに、他社との合弁事業や買収案件はことごとく失敗してしまい、なかなか次の成長へとシフトできずにいます。変化が激しい時代に自前主義だけではどうしても成長しきれず、伸び悩んでしまうことになりました。
また別の会社Bはもともと有名な創業者がいる会社で、その創業理念が強みになって成長を続けていました。しかし、時間が経つと同時に「創業理念」が「金科玉条」のようになってしまい、それと違う意見を言うことそのものがタブー視されて思考停止を生むようになっています。「そんなことは創業理念に書いていない」、「以前にその件は創業者に否定されている」などの声が強くなり、時代に合わせたイノベーションや柔軟性が失われてしまっているようです。
ここに挙げた事例はほんの一例ですが、日本ではよく見られる現象と言ってよいでしょう。時代の変化によって組織文化が次の発展段階に合わなくなっているケース、あるいは時間が経つにつれて企業理念が形式化してしまっていくケースなど、組織文化が無意識的に企業発展を止めてしまう場合があるということです。
4.組織文化を強くし、更新する人材育成とは
ここで組織文化を醸成するための人材育成について考えましょう。
組織文化は、経営資源として企業の強みとなることもあれば、逆に成長を阻害する要因になることもあり、それを踏まえれば大きく2つの方向性があるでしょう。1つは組織文化を社員に注入し、より強くしていく方向性、もう1つは変質したり時代に合わなくなってしまった企業文化を更新し、再解釈していく方向性です。
(1)組織文化を注入し、アイデンティティを作り上げる
もともと組織文化は創業者の理念などから生まれ、無意識的に共有されていくものです。それが社員手帳や経営理念に明文化され、また人事制度にも反映することで全社員に浸透していきます。
ただ、昨今では企業買収や統合が頻繁化する中で、違う組織文化の集団が一つになっていくケースも増えてきました。その際、自社のルーツや根本的な企業理念、行動規範や過去の成功事例などを共有することで新しい会社としてのアイデンティティを作り上げていく必要性があるでしょう。
例えばネスレやGEなどM&A巧者と言われる会社は、買収した会社を自社の研修施設に呼び、徹底的に自社の歴史から理念までを注入します。その中で、新しい会社も自分たちの一部なのだ、同じ歴史と価値観を共有する仲間なのだという認識が生まれます。これはオペレーションの水準を高く保つこと、コンプライアンスや企業倫理を守ることなど、企業としての水準を上げることに大きく貢献します。
(2)形式化した組織文化を更新し、再解釈する
また、組織文化を変えていかなくてはいけないというタイミングにおいては、組織文化を意識的に再解釈し、更新していく必要性があります。
- 今の時代に自分たちの組織文化はどうあるべきか
- 自社の創業理念は今の時代、どのように解釈されるのか
- 今こそ第二の創業として、新しく組織文化を作り変える必要性はないのか
など、様々な問題提起ができるはずです。その過程で、今まで自分たちが組織文化について思考停止に陥っていたと気づくこともあるでしょうし、時代に合わせてより組織文化をアップデートしようと思うかもしれません。社員全員と新しい組織文化について考える機会を設けることも重要ですし、その際は改めて自社業績や外部環境の変化などを学び直し、どのような価値観が今、自社に求められているかを議論する必要があるでしょう。
新しい組織文化の方向性が決まれば、それを浸透させるための理念研修も必要です。そして何より、経営陣や管理職の皆さんは新しい価値観を体現し、会社の価値観がアップデートされたことを示していかねばなりません。
組織文化の更新・再解釈はそのプロセスそのものが人材育成であり、自分たち自身のアップデートなのです。
5.おわりに
私たち個人も、小さい時から今までの体験過程の中で大きく価値観を広げて成長していきます。企業も同様に、年数を重ね、発展していく過程で持つべき文化もより広く、豊かなものにしていく必要があるでしょう。
しかし、これもまた個人と同様、ともすれば今までの自分に固執し、現状維持の中で変化を拒んでしまうこともよく見られることかもしれません。
組織文化は企業全体として意識的・無意識的に持つものですが、それは社員との相互作用の中で変えていくこともできるものです。今、どのような組織文化が求められているのか、良い点を見直し、時代に合わない部分を矯正しながら、社員が実力を最大限に発揮できるイキイキした組織を作っていきたいものです。