コラム

ドラッカーとグローヴに学ぶ目標管理論 
~ノルマとしての目標から卒業。ワクワクする目標設定

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1.はじめに

「目標管理」と聞くとどのような印象を受けるでしょうか。

降りてきた予算や目標が各人に割り振られ、それをいかに達成するか、期初に目標を立てて期末に振り返る、そのようなものかもしれません。与えられたノルマそのものという人もいるでしょう。目標管理というと、どうも押し付けられるような息苦しさを感じてしまう方も多いのではないでしょうか。

もともと目標管理というシステムを形式化したのはピーター・ドラッカーです。しかし、そもそもドラッカーは目標管理をノルマのような形で考えていたのでしょうか?

今回はこの「目標管理」について、いわゆるMBOやOKRといった枠組みをベースに、改めてその意味から問い直してみましょう。

2.ドラッカーのMBOの本当の意味 ~セルフ・コントロールのための目標

目標管理という言葉が広まったのは、ピーター・ドラッカーが『現代の経営』(1954年)という書籍の中で「MBO(Management by Objectives)」を提唱してからです。このMBOという言葉が日本では「目標管理」という言葉になったわけですが、よく見てみると「目標による管理(マネジメント)」というのが直訳だということに気付きます。また、更に重要なことに、MBOの原文は

「Management by Objectives and Self control」

となっており、「目標とセルフ・コントロールによる管理(マネジメント)」と書かれている点に注意する必要があります。ドラッカーはもちろん、社員は組織目標をしっかり理解したうえで自分がどうすべきかを考えるべきで、そうしないと折角の働きが無駄になってしまうと言っています。では、セルフ・コントロールによる管理(マネジメント)とはどういうことなのでしょうか。ドラッカー自身の言葉から引用してみましょう。

目標管理の利点は、自らの仕事を自ら管理することにある。その結果、最善を尽くすための動機がもたらされる。高い視点と広い視野がもたらされる。目標管理は、マ不ジメント全体の方向づけや仕事の一体性のためには不要としても、自己管理によるマネジメントのためには不可欠である。
(下線部筆者)

ドラッカーにとって、目標管理の「目標」は、自らを動機付け、方向性づけるものであって、ノルマを設定して部下を支配するようなものではありません。そしてそのような一人ひとりのビジョンや目標をいかに組織の大きな方向性や目標に紐付けていけるかがマネジメントの力量だということになります。

今日必要とされているものは、一人ひとりの人の強みと責任を最大限に発揮させ、彼らのビジョンと行動に共通の方向性を与え、チームワークを発揮させるためのマネジメントの原理、すなわち一人ひとりの目標と全体の利益を調和させるためのマネジメントの原理である。これらのことを可能にする唯一のものが、自己管理による目標管理である。自己管理による目標管理だけが、全体の利益を一人ひとりの目標にすることができる。
(中略)

この原理だけが、指示や命令ではなく、仕事のニーズによる行動への意欲を起こさせる。誰かの意思によってではなく、自ら行動しなければならないという自らの決定によって行動させるようになる。言い換えるならば、自由な人間として行動させる。

これらのドラッカーの言葉は、目標管理というもののイメージを180度変えるものではないかと思います。いかに組織の目標を個人に落とし込み、組織目標のために個人を動かすか、という外から支配する発想では今の時代(といってもこの文章が書かれたのは1950年代ですが)、より強く、より厳しい要求に応える組織を作っていくことはできないと明確に書かれています。そしてこのような組織と個人の関係は現代において、もっとも求められるマネジメントの在り方ではないかと感じるのです。

ところで、ドラッカーは個人の目標は事業の目的との関係で設定されなければいけないということも指摘しています。社員がなんでも自由に目標にしてよいわけではなく、その組織に所属している以上、その個人の意思として事業目標に貢献していく意思がある前提だということです。よく挙げられる話として、「何をしているのか」と問われる三人の石工の話がありますが、面白いことにドラッカーは「国で一番の仕事している」と応える職人気質の人間を「問題はこういう人間だ」と指摘します。

職人気質は重要である。それなくして立派な仕事はありえない。事実、いかなる組織も、そこに働く者に最高の腕を要求しないかぎり堕落する。しかし一流の職人や専門家には、単に石を磨いたり、瑣末な脚注を集めたりしているにすぎないにもかかわらず、何かを成し遂げていると思い込む危険がある。一流の腕は確かに重視しなければならないが、それは常に全体のニーズとの関連においてでなければならない。


これもまた社員の方に対して視野を広げるよう、そもそもの目的は何なのかを考えるように注意せよという重要な指摘です。目標というものは、あくまでその組織の存在意義の中で各人が設定するものだということです。

3.アンドリュー・グローヴのOKR ~インテルCEOの洞察

MBOに並んで有名な目標管理の考え方としては、OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)でしょう。これはインテルの元CEOであったアンドリュー・グローヴが『HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント)』(1983年)で提唱し、その後グーグルやフェイスブックで採用されて有名になりました。

アンドリュー・グローヴという人物は、ナチス占領下のハンガリーでユダヤ人として育ち、ナチス・ドイツの敗戦後、ソ連下のハンガリーを脱出してニューヨークに移り住みます。ほぼ無一文かつ英語も全く話せなかったアンドリューですが、その後ニューヨーク市立大学で学び、さらにカリフォルニア大学に進んで博士号を取得、1968年にインテル創立に関わる前から半導体のパイオニアの一人とみなされるなど、立志伝中の人間であることは間違いありません。


グローヴは目標管理の背景にあるものは単純で、「目的地を知らずしてそこに行きつくことはできない」ということだと指摘します。そしてその目標管理システムが成功するには下の2つの質問に答えさえすればよいといいます。

  1. わたしはどこへ行きたいか?(その答えが「目標(Objectives)」になる)
  2. そこへ到達するためには自分のペースをどう決めるか?(その答えがマイルストーン、すなわち「主要成果」(Key results)になる)

それではこのOKRは今までのMBOと何が異なるのかといえば、まずはインテルのような情報産業らしく、進み具合をフォローしフィードバックをするための頻度が早いということです。一般的なMBOでは1年に1回の評価となりますが、OKRでは四半期に1回、あるいは月に1回のように短期間でのサイクルを回していくことを推奨しています。フィードバックが効果的であるためには、そもそも事象が発生したら「ただちに」分かるようにしなければいけないから、ということです。

また、もう一つのMBOとOKRの大きな違いは野心的な目標の設定といえます。一般的に、OKRは非常に野心的な、あるいはストレッチされた目標の設定を奨励するからです。ここで、グローヴ自身が挙げている事例を紹介してみましょう。

彼はコロンブスの新大陸の発見を例に挙げます。当時のイザベラ女王政府の最高目標は「スペイン領土からムーア人を駆逐すること」と設定され、そのために外国貿易による資金獲得が必要になったとされます。コロンブスはその目的に従い、様々な可能性の中から「東洋への新航路発見」という下位目標を設定し、女王はそれに同意することになります。コロンブスはマイルストーンとして、何隻かの船の手配、乗組員の訓練、試験航海の実施、そして出帆などなど、いろいろなことをそれぞれ指定の期限を決めてキー・リザルトの設定を行います。

しかし、コロンブスはこの目標(東洋への新航路発見)を達成できたのでしょうか。

歴史的には「否」ということになります。発見したのはアメリカ大陸であって、東洋ではありませんでした。しかしそれではコロンブスは業績を上げなかったことになるのでしょうか?それを杓子定規に「目標達成できていない」という評価をするようであれば、それは全くつまらないことになってしまうとアンドリューは言います。

厳密な意味でのMBOでいえば、コロンブスは失敗したわけだが、業績を正しくあげたことになるのだろうか。彼は新大陸を発見した。そしてそれはスペインにとっては計りしれない富の宝庫となった。このように、たとえ特定の目標は達成できなかった部下でも、優れた成果をあげ、正しく評価されることは可能である。MBOシステムの意図はひとりの人間のペースを設定すること ──ひとりの人間が自分の手にストップウォッチを持ち、自分の業績を測定できる── にある。それは考課の基準となる公的文書ではなくて、個人がいかに正しく行動するかを判断するためのひとつのインプットにしかすぎない。もし監督者が機械的にMBOシステムに依存して部下の業績を評価したり、あるいは、部下が杓子定規にMBOを使用し、指定された目標あるいはキー・リザルトでないからといって、めぐってきた機会を利用しないとすれば、両者ともまったくつまらない、プロらしからぬやり方をしているといえよう。
(下線部筆者)


ここでも目標管理の本来の意図がしっかり意識されていることが分かります。「MBOシステムの意図は、個人がいかに正しく行動するかを判断するためのひとつのインプットにしかすぎない」のであって、特定の目標は達成できなかったとしても、優れた成果を上げて評価されることは可能だということです。コロンブスのように途方もない大きな目標を掲げるからこそ新大陸の発見に繋がったのだ、それこそが目標管理システムが個人の創造性に立脚して機能している証拠であるという思想はOKRの理解を格段に進めることとなるでしょう。私たちの目の前の世界は複雑で、事前に成果を見通して順序良くクリアすればよいわけではありません。その仮定において未知の出来事が起こり、それこそが重要な発見ということもあるでしょう。社員はより大きな(ワクワクする)目標を自分なりに設定し、追いかけるからこそ自分の限界を押し広げることができ、自己実現にも繋がるようになります。

4.目標管理に必要な「部下のやる気・自主性を引き出す能力」

ここまで見てきたように、主要な目標管理の考え方であるMBO、OKRともに社員自身が主体的に目標を設定し、それを管理することを前提にしていることが重要です。そうだからこそ主体性が生まれ、内発的動機に従って高い成果が生まれるというロジックをマネジメントは理解しなくてはなりません。

※参考)内発的動機付けについてはコチラ→ 内発的動機付けを促す ~外発的動機付けとの違い・促進方法を解説

OKRを提唱したアンドリュー・グローヴの言い方を借りれば、人が仕事をしていないとき、その理由は大きく2つしかなく、能力がないか、意欲がないかのいずれかです。とすればマネジメントのやるべきことは2つ、部下の教育・訓練とモチベーションの向上ということになります。この目標管理は後者、モチベーション管理の手法であり、特に自己実現・達成意欲に対して訴求するものなのです。明示的にそういう意欲がないとしても、通常は誰しも達成意欲を持つもので、単純に「遊んでよい」といわれても遊び続けられる人間はそうそう存在しません。勝手に「リフティングが1000回できるようになった」とか「ゲームの○○のスキルができるようになった」などと言い出すのは、そこに達成意欲が存在するからに他なりません。マネジメントは、部下に対してそういった達成意欲を刺激するような環境を用意してあげる必要があり、グローヴがCEOを務めたインテルの場合は、それがOKR式のストレッチされた、達成できる可能性は五分五分といったレベルの目標設定であったということです。

さて、目標設定は大きな努力が必要です。部下が組織の大きな意義を見失っていればそれを指摘してあげる必要がありますし、一方で本人の自主性ややる気を引き出すような目標について示唆を与えなければいけません。多くの場合、部下よりも上司は視野が広く、視座が高いもの。部下が気づいていないような仕事の意義であったり、新しい方向性や可能性も分かっていることでしょう。その部下がどういう価値観を持ち、なぜ働いているのか、そういった背景も踏まえながら内的動機が生まれるような目標設定をしていく必要があります。

個人の可能性を本当に信じることができるか、また自分自身もそういった目標設定が出来ているか、それこそが最高のパフォーマンスを発揮する組織のマネジメントに求められているものといえるでしょう。

5.おわりに ~価値の源泉が個人にある時代

今回は改めて「目標管理」について考察しました。個人の可能性や潜在力を発揮してほしいという割に、私たちはその個人を信じ切れず、型にはめてマイクロマネジメントしがちです。その代表的なツールが「目標管理」があるようなイメージもありますが、本来的には180度反対の意味合いで唱えられてきた概念であることを説明してきました。

時間軸やどの程度の目標にするかは別にして、確かに目標というものは、それを設定することでワクワクし、自分が今までにない行動を取り始めるその動機付けこそ意味があるものです。ご自身もそういった目標に突き動かされているかどうかも含め、ぜひ振り返ってみてください。

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