メンタルダウンを避けるためのデキル人の仕事術と上司の心得
1.はじめに
本コラムも含め、世の中には「リーダーシップ論」や「成功するための条件」のような書籍が多いものです。ただ、それらはどこか管理者目線であったり、デキる人に向けてのアドバイスであったりという雰囲気もあり、社会人全員に適用できるわけではありません。
また、一般論として「悪いニュースほど早く報告せよ」とか「失敗は今後の教訓に」といった話になるとしても、実際の現場ではそうそう悠長なことも言っていられないのも現実でしょう。
今回は趣向を少し変え、もう少し現場目線で、どういう仕事の仕方が大切なのか、問題を最小化していくにはどうすればよいか、といった基本的な仕事術について考えていきます。仕事がスムーズになればメンタルダウンも減っていくはずで、組織の活性化にもつながっていくのではないでしょうか。
2.社会人の仕事は同時多発的に起こる ~「手離れ」の速さが肝心
多くの場合、問題が起きる人や部署は集中しています。「2:8の法則」というものをモジって言えば、2割の人間により問題の8割が引き起こされるといっても過言ではありません。では何が問題なのでしょうか。
社会人が仕事を行う上で考慮すべき基本的な点は、以下の2つです。
(1)仕事は同時多発的に起こり、何が発生するかは予測不能である
まずこれが重要なのですが、学生時代のように課題が明確でいつまでにやればいいということが予め決められているわけではありません。我々の仕事は同時多発的に発生し、業務量も常に変化するのです。突然降ってくる上司からの依頼、関係部署からの問い合わせ、顧客からのクレーム、法令対応、システム導入に伴う業務フローの見直し…など、挙げればキリがありません。永遠に出続けるモグラ叩きに近いものがあります。
すべてのモグラを同時に叩くことはできない以上、私たちは常に個別の仕事をなるべく早く「キリをつけること」、要するに「球を持っていない状態」にして新しい課題に対応する余力を残しておく必要があります。これを「手離れ」がよいという風に表現したいわけですが、いわゆる仕事が速い人は総じて手離れがよいものです。
(2)大したことがない問題でも時間が経てば大きな問題に変わることがある
こちらも経験したことがある方が多いと思いますが、放置してしまったがゆえに大問題化するケースは多いものです。時間が経つということは相手を待たせており、その分期待値を上げてしまうのです。新刊の本をもらってすぐにお礼状を書けば読まなくても「ありがとう。今から読みます」でよかったのに、1か月放置したがゆえに読んでからでないとお礼状が書けなくなります。放置したがゆえに仕事は増えてしまうというのは、こういうことではないでしょうか。ここでも「手離れ」の良さがキーワードになります。
上の2点を踏まえ、とにかく自分で球を持ち続けないこと、要するに「握らないこと」が重要で、逆に握り癖がある人のところで仕事は滞留し、複雑化し、問題化していくことになります。
多くの場合、この握り癖というものは複雑骨折していくもので、事態が悪化してから周囲が気づくというプロセスをとります。「あれどうなった?そろそろ期限じゃない?」「いえ・・・、把握はしているのですが全然できてません」というやり取りに身に覚えはないでしょうか。
- 仕事内容がやや難しく、自分では出来ないが周りに聞くことが躊躇われ、先延ばしに
- 締め切りギリギリになって「まずい!」と思いながらも、今周りに言うと「なんでもっと早く言わなかったんだ!」と叱られるであろうから、自分でやろうと考え先延ばしに
- もう締め切りが今日で間に合わないが、言いたくないので謝るのは明日にしよう、と先延ばしに
と、どんどん先延ばしになっていき、仕事が溜まっていってしまうことになります。そうすると本人のメンタル(精神状態)にも影響し、体調を壊すことにもなりかねません。
3.「手離れ」をよくするために ~取り掛かりのスピードと60%主義
さて、それではどうやって「手離れ」よく仕事をしていくのでしょうか。手離れの良さというのは、結局「取り掛かるまでのスピード」+「処理のスピード」です。この2点について考えましょう。
(1)取り掛かりのスピードを上げる
手離れの肝は、「取り掛かるまでのスピードを上げること」といっても過言ではありません。なぜなら、案件に着手して初めてどれくらい難しいのか、何が必要なのかがわかるケースが多いからです。
夏休み最終日になって朝顔の観察日記に気が付いても遅いのです。早く着手すればするほど、その後の業務フローも分かりますし、すぐ終わる課題であれば精神的ストレスも小さくなるでしょう。
また、着手が遅い場合、着手した段階で問題の性質が変わってしまっているケースも多いものです。競合がすでに提案を出していて、目線が出来上がってしまっているということもあるでしょう。いずれにせよ、取り掛かるスピードが早いというのは手離れの絶対条件になります。
(2)処理のスピードは60点主義で
次に処理するスピードですが、これには完璧主義をなくすことが重要です。とにかく60%でよいのでアウトプットすること、もしそれで不十分であれば直す、それでOKなら、それで仕事は完了です。そもそも私たちが100%だと思っているアウトプットが、上司にとって、あるいは顧客にとって100%かどうかは全く保証がありません。「自分の100%」にこだわることにそれほど意味があるわけではないのです。
従って、仕事を受ける際に、まずその業務の目的と着地点を上司とすり合わせる必要があります。そのうえで、こういう方針でこういう作業をしようと思っている、ということも確認しておきましょう。過去の例で、「あのデータ、送ってくれない?」と上司に言われ、良かれと思ってデータをエクセルで表にまとめて送った新入社員がいました。ただ、上司としては「いや、データのリンクだけ教えてくれればよかったんだけど」ということで、その新入社員はがっかりしたそうです。事前にきちんと確認すればこういうことは起こりませんし、無駄な仕事の量も減ることになります。
でも本当に60%でよいのか? それでは成長しないのではないか?と疑問に思われる方もいるでしょう。そこで、石川島播磨重工業(現在のIHI)や東芝の社長を歴任した土光敏夫氏の言葉を引用しておきましょう。
「60点主義で速決せよ。決断はタイムリーになせ。決めるべき時に決めぬのは度しがたい失敗だ。」
評論家の伊藤肇氏はこのポイントを、「とにかく60点の仕事をやれ。60点以下の仕事はやるな。なぜなら、はじめから100点満点を目指すと、どうしても時間がかかり、弾力性がなくなり、下手にまごつくと、責任回避となるからだ。60点主義を持続し、それにだんだん味を持たせるようにするのがプロのプロたるゆえんである」と解釈しています(『人間的魅力の研究』pp.165-166)。
60点でよいので、(流行りの言葉でいえば)「アジャイル式にどんどん改善していく」、ということ、そしてその60点のレベルを上げて「味を持たせるようにすること」が大きなポイントといえるでしょう。
4.上司の心得 ~リモートワークでも部下を評価していくために
さて、これまでは自分がどのように仕事を回していくかという点で「手離れ」よく、「60点主義で」ということを説明してきました。それではそれを管理する上司の立場ではどのように考えるべきでしょうか。
まずは、手離れがよい部下とそうでない部下の見極めをしっかりすること、そして手離れが悪い部下については指導によって修正可能かを見極めることが必要です。
指導でなおるケースでなぜ握ってしまうのかを考えると、その業務のフローが分からずに、かかる時間軸のイメージがすり合っていないことが多いと感じます。例えばある案件についての作業依頼メールを個別に100件、支店や関係部署に送るといった場合、やったことがなければすぐに終わると思うかもしれません。ただ実際に送ろうとすれば、
- 雛形の作成
- メールの宛先(CC含む)の確認・一覧化
- 下書きの作成100件
- 一定の日時に送信
というステップを経るかもしれません。そうすると全体で相応の時間がかかりますし、そもそも1件のメールの下書きを開いて最終確認し、送信ボタンを押すのに1分かかるとすれば、それだけで2時間近くかかります。そういう具体的なイメージを持てるかどうかが大切なのです。
従って、事前にある業務に対して全体のフローを部下と共有し、どんな作業が必要になり、この部分は誰に聞けばいいのかといった点をすり合わせておくことが重要です。そうすれば不要な時間ロスを防げ、手戻りなく、出来た部分については評価をしてあげることができるでしょう。進捗感があれば、次に進んでいこうという意欲もわいてきます。
この流れはリモートワークで部下の状況が分かりにくくなってしまった状況でも有効です。業務を漠然と投げてしまうと、結局進め方が分からず進まなくなり、部下を評価することも出来なくなります。ここは上司が主体的に関与し、マイルストーンのイメージを置いてあげる必要があるでしょう。
5.さいごに
今回はデキる人の仕事術、ということで現場視点でのヒントを考えていきました。仕事がデキる人とデキない人の能力にそれほど差があるわけではなく、仕事の進め方の問題であることが殆どです。成功者とそうでない人の差は鼻差であり、紙一重なのです。進め方さえ理解すれば、よりスムーズに、そして精神的な負担も小さく、業務を進めていくことができるでしょう。今回のコラムが上司の皆さんにとっても、部下の皆さんにとっても気づきがあるものであれば嬉しく思います。
参考文献: 綾小路亜也『サラリーマンの本質』(2014年)